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歩道橋の上で

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「歩道橋の上で」

木枯らしが吹く季節、まだ決められない。彼の胸の内では、夢が膨らみながらも、どこか遠いもののように感じられた。大それた夢なんて、手に入れることができるわけない。それを理解しているから、どこかで躊躇している自分がいた。

仕事が決まらないまま過ごしてきた日々、何かが足りないと感じながらも、それが何か分からずにいた。日常の中で、目の前に突きつけられる現実と、心の中で描く理想とのギャップに悩みながらも、踏み出すことができずにいた。

歩道橋の途中で、足が止まった。視線は下に広がる通りの風景に吸い込まれ、反対側に渡るべきかどうかを迷っている自分がそこにいた。

「本当に渡っていいのかな?」

自分に問いかけながら、下を見つめる。歩道橋の向こう側には、まだ見ぬ未来が待っている。それがどんなものなのか、全く分からない。ただ、期待と不安が入り混じった感情が胸を満たしていた。どちらを選んでも、自分の未来はそこにしか繋がっていないような気がして、迷ってしまう。

そうしているうちに、夕暮れ時、太陽が沈んでいく。急かすように、その光が最後の力を振り絞るように、暗くなりつつある空を照らしている。もう時間がない、と誰かが背中を押してくるような気がして、心が焦る。

「でも、無理に進む必要なんてない。こっち側を歩いていけば、それなりに幸せだし、満足できるんだろうな。」

彼は心の中でそう言い聞かせるが、それでも歩道橋の向こう側に一歩を踏み出す勇気が持てない。決して、今の自分が悪いわけじゃない。ただ、もう少しだけ前に進むべきなのかもしれないという思いが頭をよぎる。

再び、彼の目の前に現れるのは、自分の人生そのものだ。これから何をするべきか、どう生きていくべきか。その選択を、今ここで決める時が来たのだ。

「このチャンスを逃したら…」

彼はふと、背後に視線を向ける。今ならまだ、振り返って戻ることもできる。歩道橋を渡らずに、元の道を歩き続けることもできる。でも、それでは何も変わらないまま、何も得られないままで終わってしまう。

「信号までは遠すぎる。もう、戻るには遅すぎる。」

彼は深く息を吐き、空を見上げる。街の喧騒とともに、目の前に広がる世界に不安を感じながらも、逆にその不安を力に変えようとする自分がいる。それがなければ、前に進むことはできないから。

彼の心の中で何度も問いかけが繰り返される。

「これでいいのだろうか。」

歩道橋の下を見下ろすと、そこには他府県ナンバーの車が渋滞しているのが見える。そこには別の運命が待っているのだろうか。どうしても振り向きたくなる。振り返れば、何もかもが元通りになり、今の自分がどこにいるのかすらわからなくなってしまうかもしれない。

「でも、これが自分の選択だ。」

彼は再び前を向いた。目の前に広がる新しい世界を見据え、今度こそ前に進もうと決心した。

「このままずっと歩いて行けば、君のことを失うことはない。」

心の中で彼はそう呟いた。振り返れば、もう過去には戻れない。それならば、前に進むしかないのだと、彼は思う。

そして、歩道橋の上で足を踏み出したその瞬間、彼は確かに決断をした。どんな未来が待っていようとも、恐れることはないと。それがどう転んでも、自分の人生だから。

歩道橋を選ぶか、選ばないか。そんな小さな選択肢で迷っている自分を笑い飛ばすかのように、彼は力強く一歩を踏み出した。

その一歩が、これからのすべてを変えることを知りながら。

「さあ、どうする?」

彼の足音が、歩道橋の上で響き渡る。その背中は、もう誰にも振り返らなかった。






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