「俺は小説家になる」と申しております

記憶の中のレモネード

記憶の中のレモネード

夏の終わり、ひとりの青年が田舎の古びた家を訪れる。家の持ち主であるおばあさんが、近所で名物と言われる「特製レモネード」を作る人だった。しかし、おばあさんの姿はなく、そこには青年が彼女の思い出をたどる過程で発見する秘密があった。

蝉の声が微かに響く中、陽射しを避けるように青年は古びた家の前で立ち止まった。木の門には「西野商店」と書かれた看板がかかっている。だが、店の役目を果たしている様子はない。

「こんにちは！」
彼が声をかけると、返事の代わりに風鈴の音が鳴った。誰もいないと確信した彼は、かつておばあさんがレモネードを売っていたという縁側に腰を下ろした。

「あの頃と全然変わらないな。」
青年はふとつぶやいた。小学三年生の頃、彼はこの店に通い詰めていた。学校が終わると友達と駆け足でここに来て、おばあさんの作るレモネードを飲むのが日課だった。

レモネードは普通のものとは違っていた。ただ甘いだけでなく、少し酸っぱさを残しながら喉をすっきりと通る。「西野さんのレモネードを飲むと夏バテなんて吹っ飛ぶわ！」と近所のおばさんたちも笑顔で語っていた。

そんな日々も、青年が中学生になった頃には途切れてしまった。勉強に忙しくなり、気づけば店の前を通ることもなくなっていた。そして大学進学でこの町を離れ、帰省も少なくなった。

そんな彼が久しぶりに町を訪れたのは、あるニュースを耳にしたからだった。

「西野さんが亡くなったらしい」
友人からの電話は短くも衝撃的だった。

縁側に座っていると、遠い記憶が蘇ってくる。おばあさんがいつも言っていた言葉――「レモネードにはね、元気が詰まってるのよ。酸っぱいところも甘いところも、どっちもあっていいの。」
どこか哲学的なその言葉の意味を、当時の彼は理解できなかった。

ふと気づくと、軒先にある台の上に小さな瓶が置いてあった。「レモネード」と書かれたラベルには、可愛らしい絵が描かれている。

手に取ってみると、瓶の中身は少し濁った黄金色をしていた。おばあさんが生前に作ったものだろうか。それとも、誰かが彼女のレシピを受け継いだのか。

蓋を開けると、懐かしい香りが鼻をくすぐった。ほんのりとした甘酸っぱさが彼を包み込む。「飲んでいいのか？」と一瞬迷ったが、彼は思い切って一口飲んだ。

途端に、彼の中で記憶が鮮やかに蘇った。子供の頃、友達と笑いながら飲んだ味。宿題に追われた帰り道に一息ついた時の味。大人になった今、この味は彼に何かを語りかけているようだった。

「西野さん、やっぱりあなたはすごいよ。」
青年は空を見上げた。青い空には、遠くで揺れる風鈴の音が聞こえた気がした。

その日、彼は町にもう少し留まることを決めた。そして、かつての仲間たちに声をかけることを考えた。西野おばあさんが愛したレモネードを再び広めるために。