「俺は小説家になる」と申しております

コピーライターの卵

コピーライターの卵

朝日が昇る頃、28歳の佐藤真琴は狭いアパートの机に向かっていた。彼女の目の前には、真っ白なノートと一本のシャープペンシル。それは彼女の全財産と言ってもいいほどの大切な道具だった。真琴は今月からフリーランスのコピーライターとしての活動を始めたばかりだった。夢だった。しかし、現実は甘くない。

「思いつかない……。」

頭を抱えながら真琴は机に突っ伏した。クライアントから依頼されたのは、新発売のコーヒー飲料のキャッチコピーだ。「朝の一杯で変わる日常」というテーマだが、真琴が書き出した案はどれも自分の中でしっくりこなかった。

「新しい朝を、この一杯と。」
「目覚める香り、深まる一日。」
「あなたの朝に、小さな奇跡を。」

自分で読み返しては首をかしげる。「どれも悪くないけど、心に刺さるものがない。」プロとしてこのレベルではいけないのだ。締め切りは3日後。それまでに何としてもベストなコピーを仕上げなければならない。

昼前、真琴は散歩に出かけた。机に向かってばかりでは、アイデアが固まってしまうからだ。近所のカフェに立ち寄り、いつものコーヒーを注文する。席に着いてカップを手にすると、ふわりと湯気が立ち上り、香ばしい香りが鼻をくすぐった。

「あぁ、これだ……。」

真琴は目を閉じて深呼吸した。日常の忙しさを忘れさせる、ほんの一瞬の贅沢。それはただの飲み物ではなく、自分にとっての小さな儀式だった。

「コーヒーって、ただの飲み物じゃないのよね。」

その瞬間、アイデアの糸口が見えた気がした。

帰宅すると、真琴は机に向かい、勢いよくペンを走らせた。頭の中で浮かぶ言葉をそのままノートに書き出していく。

「一杯の魔法が、世界を変える。」
「忙しい朝に、心のスイッチを。」
「香りが誘う、私だけの特別な時間。」

次々に言葉が湧き出てくる。その中で特に心に響いた一つを選び、何度も推敲を重ねた。真琴はこれまで以上に、自分の言葉に魂を込めることを意識した。

3日後、提出したコピーはこうだった。

「朝の私に、少しのご褒美を。」

クライアントはその言葉に感嘆した。「このコピーは、商品のコンセプトを見事に表現しています。ありがとうございます。」電話越しの言葉に、真琴は肩の力が抜けた。

「よかった……。」初めての案件を無事に終えたことで、彼女の心には少しだけ自信が生まれた。

その夜、真琴はベランダに出て夜空を見上げた。コピーライターという仕事は、自分が生み出した言葉で誰かの心を動かすこと。まだまだ道のりは長いけれど、この小さな一歩を確実に踏みしめた感覚があった。

「言葉って、やっぱりすごい。」

そう呟く彼女の心には、次の挑戦への小さな炎が灯っていた。