上 下
1,545 / 1,736

プロブレム

しおりを挟む
プロブレム

佐伯夏美は、仕事の帰り道で足を止めた。スーツ姿の人々が次々と駅に吸い込まれていくのをぼんやりと眺め、ふと自分もその一人だと感じた。彼女もまた、毎日同じ電車に乗り、同じオフィスに向かい、同じ仕事を繰り返していた。まるで時計仕掛けの人形のように、いつもと変わらないルーチンに埋もれている自分。それが、最近では苦痛にすら思えてきていた。

「私って、これでいいのかな……」

心の中でふと問いかけてみても、答えは返ってこない。すぐに「問題ないよ、大丈夫」と自分を納得させようとするが、確かに何かが変わりつつあるのを感じていた。

家に帰ると、待っていたのは無言の夫だった。彼もまた疲れ果てているのか、夕食を黙々と食べるだけで、会話らしい会話はなかった。夏美は小さくため息をつき、夫の横顔を見つめた。結婚してからもう十年、かつての親密さはどこかへ消えてしまい、いまや二人はただのルームメイトのようだった。

ある日、職場の飲み会で同僚の田村から「最近、いろいろ問題を抱えてるみたいだね」と声をかけられた。田村は夏美と同期で、部署も近いことから仕事で関わることも多かった。彼はいつも気さくで、仲間の悩みに耳を傾けてくれるタイプだった。

「そんなふうに見える?」と笑ってみせる夏美に、田村は少し深刻な顔で頷いた。「いや、ずっと同じプロジェクトを担当してるし、あまり話さなくても分かるよ。何かあれば相談してよ」

そう言われて、夏美はつい愚痴をこぼしてしまった。「最近、仕事がマンネリ化してる気がして、なんだか毎日が同じことの繰り返しでね……」

田村は少し考え込み、「それなら、何か変化をつけてみたら?新しいプロジェクトを提案するとか、趣味を始めるとか」と提案してくれた。そのアドバイスにハッとした夏美だったが、何から始めていいのか分からない自分にもどかしさを感じた。

その夜、家に帰ってベッドに入った夏美は、改めて「自分のプロブレム(問題)」について考えた。彼女は自分自身の人生の方向性に迷い、何が「問題」なのかも曖昧なまま、ただ日々をやり過ごしていた。

数週間後、思い切って彼女は小さな一歩を踏み出すことに決めた。大学時代に夢中になっていたフラワーアレンジメントのクラスを受講することにしたのだ。最初は仕事の合間に通うのが億劫だったが、久しぶりに花に触れることで、少しずつ心が癒されるのを感じた。華やかな色彩と香りに包まれていると、日常の煩わしいことが一時的に遠のくようだった。

そんな中、夫との関係も少しずつ変わり始めた。週末には彼と一緒にクラスで学んだアレンジメントを試すこともあり、自然と会話が増えていった。彼もまた、仕事に追われて夏美との関係が疎遠になっていたことを反省しているようだった。

ある日、夫が「最近、なんだか楽しそうだね」と夏美に言った。彼の言葉に、夏美は照れくさそうに微笑んだ。「うん、少しずつだけど、自分の『問題』を解決できてる気がするの」

夫は頷き、そして言った。「そういう姿を見ると、僕もがんばらなくちゃと思うよ。これからは、二人で一緒に色んなことに挑戦してみないか?」

夏美は彼の言葉に感激し、涙ぐんだ。彼女はようやく気づいたのだ。自分の「問題」は、外的な要因だけでなく、内面の変化や自己肯定感の欠如から来ていたのだと。そして、解決策はすぐには見つからなくても、少しずつ自分のやりたいことを増やし、新しい視点で生活を見つめ直すことが大切なのだと。

こうして、夏美は新しいステップを踏み出し、自分自身を取り戻す旅を続けていくことを決意した。









しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

季節の織り糸

春秋花壇
現代文学
季節の織り糸 季節の織り糸 さわさわ、風が草原を撫で ぽつぽつ、雨が地を染める ひらひら、木の葉が舞い落ちて ざわざわ、森が秋を囁く ぱちぱち、焚火が燃える音 とくとく、湯が温かさを誘う さらさら、川が冬の息吹を運び きらきら、星が夜空に瞬く ふわふわ、春の息吹が包み込み ぴちぴち、草の芽が顔を出す ぽかぽか、陽が心を溶かし ゆらゆら、花が夢を揺らす はらはら、夏の夜の蝉の声 ちりちり、砂浜が光を浴び さらさら、波が優しく寄せて とんとん、足音が新たな一歩を刻む 季節の織り糸は、ささやかに、 そして確かに、わたしを包み込む

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

陽だまりの家

春秋花壇
現代文学
幸せな母子家庭、女ばかりの日常

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

感情

春秋花壇
現代文学
感情

処理中です...