「俺は小説家になる」と申しております

壁

壁

ある朝、目が覚めると、主人公は異変に気付いた。いつもと違う。何かが変だ。部屋の空気がどこか重く、圧迫感を感じる。身体を起こして辺りを見回すと、すぐにその原因が目に飛び込んできた。壁が、近い。

目の錯覚かと、主人公は目を擦り、もう一度壁を確認する。しかし、錯覚ではない。壁は確かにこちらに向かってゆっくりと迫っていた。寝ぼけているのかとも思ったが、次第に明確な恐怖が襲ってきた。胸が締め付けられるような感覚が走り、思わず叫び声を上げる。

「なんだ、これは！？」

その叫びも虚しく、壁は一瞬の間もなくじわじわと部屋の空間を侵食していく。ベッドから転がるように飛び降り、手を伸ばして壁を押し返そうとする。しかし、その壁は何か異常に重く、まるで意思を持ったかのように抵抗する。びくともしないどころか、押し返すほどにこちらをじりじりと圧迫してくる。

恐怖は急速に広がり、冷たい汗が背中を伝う。主人公は焦りながら部屋の隅へと後ずさり、息を荒げた。どうしてこんなことが起きているのか。何が原因なのか。思い浮かべるが、頭の中は混乱している。まるで逃げ場のない閉鎖空間に取り残されたかのような感覚が、容赦なく彼を襲ってくる。

「助けて…誰か…！」

無意識のうちにそう呟いた。しかし、その声も壁に吸い込まれるように消え、誰も答えはしなかった。壁はなおも迫り、部屋は小さくなっていく。窓は既に消え、唯一の扉も壁に押しつぶされ、形を失っていた。もはや、逃げ道はどこにもない。

やがて、主人公は膝をつき、力なく壁を見上げた。その瞬間、ふと感じた。これはただの壁ではない。この壁は、彼の心を象徴している。社会の中で、自分を閉じ込めてきた見えない壁。仕事のプレッシャー、人間関係のストレス、未来への不安。すべてがこの壁に凝縮され、今、彼を押しつぶそうとしている。

「逃げられないのか…」

孤独感が一気に押し寄せる。家族や友人との距離、他人との接触が減り、自分が社会の中で孤立していく感覚。それが、この壁を生んだのかもしれない。主人公はそのことに気付き、無力感に打ちひしがれた。誰も自分を理解してくれない。誰も助けてくれない。そんな思いが、この壁をさらに強固なものにしているのだ。

「これが、俺の人生なのか…」

彼は呟き、頭を抱えた。圧迫感が増し、空間はさらに狭まる。もう息もできないほどの閉塞感に苛まれ、彼は目を閉じた。心の中で、絶望が広がっていく。これが運命だとすれば、もう抵抗する意味はない。壁に押しつぶされてしまえば、全てが楽になるのだろうか。

だが、その時だった。頭の中に、一筋の光が差し込んだ。それはかつて、自分が夢見ていた未来の姿だった。小さな夢、ささやかな希望。今では忘れてしまっていたが、確かに存在していた自分だけの目標。その光が、彼に一瞬の勇気を与えた。

「このままじゃ、終わらせたくない…」

彼は力を振り絞り、もう一度壁に手をついた。押し返そうとしても、相変わらず壁は動かない。しかし、彼の心の中で何かが変わった。諦めではなく、立ち向かう意志が芽生えていた。どんなに絶望的な状況でも、何かを変えることができるはずだ。

「俺は、まだ…ここで終わりたくない！」

その叫びと共に、彼は壁を全力で押し返した。その瞬間、壁にヒビが入り、次第に音を立てて崩れていった。光が差し込む。そして、目の前に広がる新しい空間に、彼は踏み出した。壁の向こうには、かつて想像もしなかった自由な世界が広がっていた。

結末 壁に囲まれた閉塞的な空間から脱出するというフィジカルな描写が、主人公の内面での変化を象徴している。孤独や絶望に苛まれながらも、希望を見つけ、自ら壁を打ち破ることで、新たな世界に足を踏み入れた彼の成長を描いた物語です。