「俺は小説家になる」と申しております

耳をくすぐる声

「耳をくすぐる声」

夜の静けさが部屋を包み込む中、陽介はパソコンの前に座り、ZOOMの画面を見つめていた。今夜はクリスチャンの集会が開かれる日だった。オンラインでの参加もすっかり日常となり、彼にとっても特別な集会の一部になっていた。

「さあ、始めましょうか。」

集会の司会者が開会の祈りを告げると、参加者たちがそれぞれの家で姿を見せ始めた。画面にはたくさんの小さな窓が並び、そこに顔を映すのは若い人から年配の人までさまざまだ。陽介もその中に混じっていたが、心の中では少しだけ違う期待感を抱いていた。

集会が進むにつれて、陽介の耳にはふと、ある声が聞こえてきた。それはまるで風に乗った囁きのような、柔らかくて、そしてどこかくすぐったい響きだった。彼は思わず画面を見渡した。だが、どの窓からその声が聞こえてくるのかはわからなかった。

「なんだろう、この声は…」

陽介はその声に引き寄せられるように、耳を澄ませた。話している内容は普通の聖書の言葉だったが、その声の響きが、彼の心の奥底に触れてくるような不思議な感覚を与えてくれる。

「神は愛です…互いに愛し合うこと、それが神の望むことです。」

再びその声が響き、彼の耳をくすぐった。陽介は何とも言えない心地よさに包まれ、その声の持ち主を探そうとしたが、特定することはできなかった。ZOOMの集会には数十人もの参加者がいて、誰が話しているのかが分かりにくい。

「誰だろう…？」

彼は一瞬、自分がなぜこんなにその声に魅了されているのかを考えたが、答えは見つからなかった。単に美しい声だからなのか、それともその声に宿る優しさや誠実さが、彼の心を引きつけたのかもしれない。

集会が進むにつれて、その声はまた何度か耳に届いた。時には軽やかに笑うような音色で、時には真剣な祈りの中で。その度に陽介は気を取られ、他の話が頭に入ってこなくなるほどだった。

「なんで、こんなに気になるんだろう…」

陽介は心の中で自問しながら、ふと、これが単なる興味以上のものだと気づき始めた。オンラインの集会で、こうして誰かの声に心を奪われるなんて、今までに経験したことがなかった。彼はクリスチャンとして、集会には真剣に参加していたつもりだったが、今日はどうも集中できない。

その声の持ち主は、陽介の心をくすぐり続けた。彼の内側にある静かな感情が、少しずつ目を覚まし始めていた。だが、彼はそれをすぐに感情として認識することができなかった。自分でも理解できない感覚に戸惑いながらも、その声の持ち主を知りたいという気持ちが膨らんでいくのを抑えきれなくなっていった。

やがて、集会の終わりが近づき、司会者が最後の祈りを始めた。その時、陽介は再びあの声が耳に入った。祈りの声は今まで以上に清らかで、彼の心に染み渡った。その祈りが終わる頃には、陽介の心の中で何かが大きく変わっているのを感じた。

「今度は、名前を聞いてみよう。」

集会が終わり、参加者たちが順番に退出していく中、陽介は画面に映る顔を見つめていた。だが、彼が探していた人物が誰なのかは結局わからずじまいだった。

「もしかしたら、次の集会でまた…」

その夜、陽介は寝床についたが、耳にはまだあのかわいい声が響いているような気がした。それはまるで遠い記憶の中から呼びかけられるような、不思議な温かさを伴うものだった。

翌週の集会に彼はまた参加することに決めた。今度こそ、その声の主を見つけるために。そして、それが単なる好奇心ではなく、もしかしたらもっと大切な何かであることを確かめるために。

陽介の心は、静かに次の集会を待っていた。