「俺は小説家になる」と申しております

春秋花壇

文字の大きさ

大中小

1,287 / 1,690

ワイプ

しおりを挟む

「ワイプ」

冬の夜、空気が澄んで冷たく、街灯の光が凍りついた風景を照らしていた。アパートの一室で、シエルはテレビの前に座っていた。彼女の部屋は小さく、薄暗いが、彼女にとっては心地よい空間だった。長い間続けていた映画鑑賞が、今日もまた彼女の一日を締めくくっていた。

テレビでは、特別番組『今夜復活！笑いの伝説』が放送されていた。シエルはその中でも特にドリフターズのコントが楽しみで、わくわくしながら画面に釘付けになっていた。古いコントが次々と流れ、画面には若い頃の志村けんや加藤茶が勢いよく登場し、見慣れた場面に心が和んでいく。

しかし、今日の放送には一つの特徴があった。画面の隅に小さな「ワイプ」と呼ばれる画面が常に表示され、現在のスタジオゲストたちのリアクションやコメントが映し出されていた。シエルはそのワイプが気になっていた。昔の映像を楽しみたい気持ちが強く、時折、ワイプに映るタレントたちの反応が目障りに感じたのだ。

「またワイプか…」シエルはため息をついた。「せっかくのコントなのに、どうしてこんなに邪魔するの？」

彼女の前には、彼女が何度も見返したいと思っていた「ヒゲダンス」のコントが流れていた。加藤茶が見事なパフォーマンスを見せ、観客の笑い声が響く。だが、ワイプに映るタレントたちは、まるでコントの邪魔をするかのように大げさなリアクションをしていた。

「本当に、これが必要なの？」シエルは画面を睨みつけた。「どうして昔の良さをそのまま見せてくれないの？」

テレビの音量を少し下げ、シエルはリモコンを手に取り、チャンネルを変えようかと思案した。だが、ふと我に返ると、彼女は思った。このワイプが放送の一部であり、番組の構成の中に組み込まれているということを。

彼女は深呼吸をし、再び画面に目を戻した。自分がそのコントを楽しむためには、ワイプを気にせず、内容に集中するべきだと感じた。心を落ち着けて、もう一度視界を画面に合わせると、少しずつ笑いが戻ってきた。タレントたちのリアクションも気になり始め、彼らが笑っているのを見ていると、自分もまた楽しくなってきた。

コントが進むにつれて、シエルは次第にワイプに映るタレントたちの表情や反応にも注目するようになった。彼らがどれだけ本気で笑っているか、どれだけ楽しんでいるかを見るのも、一つの楽しみになってきた。昔の映像と今の感覚がうまく融合していることに気づき、彼女はその変化を楽しむことができた。

番組が終了する頃には、シエルはワイプに映るタレントたちの笑顔やリアクションが、古いコントを新しい視点で楽しむための一部になっていることを理解した。彼女はその日の放送が、ただの昔の映像の再放送ではなく、異なる世代の視点や反応を交えた、新しい形の楽しみ方であることを受け入れた。

「まあ、これも一つの楽しみ方だよね。」シエルは微笑みながらテレビを消し、ソファから立ち上がった。「次回もきっと面白いはずだわ。」

彼女は暖かい部屋に戻り、コートを脱いだ。外の冷たい空気に触れながらも、心は温かくなっていた。新しい形の楽しみ方を見つけたことで、彼女は少しだけ前向きな気持ちを持つことができた。時代が変わり、視点も変わる中で、楽しみ方もまた進化しているのだということを実感しながら、シエルは眠りにつく準備を始めた。

しおりを挟む