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「あれ」が好きな場所

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「あれ」が好きな場所

真夜中、部屋の静寂を破るかのように、わずかな音が聞こえる。かすかな「カサカサ」という音。それは、予期せぬ動きが暗闇の中で存在する証だった。床の隅に置かれたブラックキャップの交換時期が来ていることを知らせる、ささやかな合図だった。

俺の名前はユウジ。平凡なサラリーマンだが、今夜、俺の平穏無事な生活が一変する。部屋の片隅に設置されたブラックキャップに異変があった。ほんの少し前から、その周辺で暗い影を見かけるようになったのだ。

「交換しなきゃな…」

そう呟きながら、俺は床に膝をつけ、ゴム手袋をはめた。既にカビのような湿気がただよう部屋の隅で、ブラックキャップを取り替える準備を始めた。小さな黒い容器を取り出し、新しいキャップに交換するのが仕事だ。部屋を侵食する湿気と熱気に押しつぶされそうになりながらも、俺は慎重に作業を進めた。

しかし、今夜はいつもと違った。手を伸ばすと、さらに強い湿気とともに、何かが動いている感触が伝わってきた。異常を感じながらも、俺は必死に交換作業を続ける。

「もう少しだ…」

そう思いながら手を動かしていると、突然「カサカサ」とした音が一層大きくなり、部屋の中に広がる不安感が増していった。心臓の鼓動が速くなるのを感じ、冷や汗が額を伝った。

その瞬間、目の前に現れたのは、普通の黒いキャップとは異なる異様な姿のものだった。それは、まるで生き物のように蠢く物体だった。暗闇の中で目を凝らすと、それは異常な速さで動く小さな生物、つまりゴキブリだった。

「まさか…」

俺は動けなくなった。手に持ったキャップも持つ力が抜け、床に落ちてしまった。目の前に広がる光景は恐怖そのもので、異常なほどに活発に動き回るゴキブリたちが、部屋の隅を埋め尽くしていた。

「こいつら、ブラックキャップにすら耐性があるのか…?」

俺は恐怖と戦いながら、再びキャップを取り出し交換しようと試みたが、あまりにも多くのゴキブリたちがその周りを取り囲んでいた。キャップを交換するたびに、新しいキャップもまた、彼らの攻撃を受けてしまう。

「これは徹底抗戦だ…」

恐怖に駆られながらも、俺は決意を固めた。ゴキブリたちに対抗するためには、ただキャップを交換するだけでは不十分だ。ここで全力を尽くすしかない。彼らの勢力を抑え込み、再び平穏な生活を取り戻さなければならない。

俺はひとまず、すべてのブラックキャップを交換するために、部屋のすみずみまで確認することにした。手に持ったキャップが一つ一つ、ゴキブリたちの巣に仕掛けられるたびに、彼らの動きが少しずつ鈍くなっていくのが感じられた。

「これでどうだ…?」

ようやく全てのキャップを交換し終え、部屋の隅を確認した。ゴキブリたちの数は減り、動きも落ち着いた。だが、まだ完全に安心できるわけではない。これからも注意を払い続けなければならないだろう。

翌朝、部屋の空気はわずかに清々しさを取り戻していた。湿気も少し取れ、ゴキブリたちの活動も大幅に減少していた。俺は部屋を掃除し、再び平穏な日常を取り戻すことができた。

しかし、あの暗くて狭い場所で、ゴキブリたちとの戦いを経験したことで、俺の生活には新たな注意が加わった。これからもブラックキャップの交換を忘れず、部屋の隅々まで目を光らせることを決意した。

「もう二度と、あんな恐怖には遭いたくないな」

そう呟きながら、俺は部屋を後にした。生活の中で目に見えない部分にも注意を払い、日々の平穏を守るための努力を続けるのだった。








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