上 下
1,261 / 1,459

転生したらゴキブリだった

しおりを挟む
「転生したらゴキブリだった」

目を覚ますと、俺は真っ暗な場所にいた。体が動かない。いや、動かないのではなく、動かし方がわからない。自分の体がまるで別物になっているような感覚だった。

「なんだ、ここは…?」

徐々に視界が開けてくると、天井が見えた。見慣れない場所だが、なんとなく生活感がある。視点を動かそうとすると、驚いたことに、全身が小さな触覚のようにピリピリと反応した。次第に、自分の体が動かせるようになり、周囲を見回した。

「え、何これ…?」

床はどこか湿っぽく、周囲にはゴミや小さな食べ物のカスが散乱している。俺は、ふと自分の手を…いや、足を見た。だが、そこにあるのは人間の手足ではなかった。黒く光る硬い殻に覆われた足が六本。まさか、と思い、恐る恐る自分の体全体を確認する。四角く長い体、硬い背中、そして触覚。

「俺、ゴキブリになってる…!」

頭が真っ白になった。なんでこんなことが起きているのか、理解できなかった。どうやら俺は、転生してゴキブリになってしまったらしい。

ゴキブリとしての生活は、思った以上に厳しいものだった。人間だった頃とは何もかもが違う。まず、食べ物が手に入らない。夜中に台所の隅を這い回って食べ物を探すが、人間の食事の残りカスやゴミ袋の中にあるものしか口にできない。味なんてものはもうどうでもいい。ただ、飢えをしのぐために食べるだけだ。

しかも、ゴキブリとしての生き方には常に死の危険がつきまとう。人間が踏み潰そうとする足音が聞こえるたびに、俺は全速力で逃げなければならない。床を這い回り、物陰に隠れる日々。特に恐ろしいのは、巨大な殺虫剤だ。あの白い霧が吹きかけられると、たちまち呼吸が苦しくなり、動けなくなる。俺は何度も死にそうになった。

そんなある日、俺は台所の隅で、他のゴキブリたちと出会った。彼らは俺を見て、まるで仲間のように接してきた。最初は驚いたが、次第に彼らとのコミュニケーションができるようになり、俺もゴキブリの社会に溶け込んでいった。

「ここでは、生き延びるために団結するんだよ。俺たちゴキブリは、常に命を狙われてるからな」

一匹の年老いたゴキブリが言った。その言葉に俺は頷き、彼らと共に生き抜く決意をした。毎晩のようにゴミを漁り、隠れ家を探し、人間たちの足音を察知して逃げる。ゴキブリとしての本能が少しずつ目覚め、俺は驚くほど素早く、そして巧みに動けるようになっていった。

だが、ある日、俺の前に決定的な危機が訪れた。

夜中、いつものように食べ物を探していた俺は、突然人間に見つかってしまった。大きな足音が俺に迫り、俺は必死に逃げようとした。だが、運が悪かった。逃げ場がない。壁に追い詰められ、振り返ると巨大なスリッパが振り下ろされようとしていた。

「終わりか…」

その瞬間、俺は走馬灯のように過去の人生を思い出した。人間だった頃の自分。家族や友人、日常の小さな幸せ。なぜ俺はゴキブリになってしまったのか?そんなことを考える余裕もなく、目の前に迫るスリッパに意識が集中する。

だが、その時、奇跡が起きた。

スリッパが降りてくる寸前、俺は突然ものすごい速さで壁を駆け上がった。人間では到底信じられない速度だった。壁を登り、天井近くまでたどり着くと、俺は上から人間を見下ろしていた。

「す、すげぇ…」

自分の身体能力に驚きながらも、命拾いしたことに安堵する。その瞬間、俺は理解した。ゴキブリという存在の恐ろしさは、ただの害虫というわけではない。彼らは、生きるために進化し続け、常に環境に適応してきた生物なのだ。俺もその一部になってしまったのだと。

それから、俺は人間を避けるため、さらに隠密に行動するようになった。夜中だけ活動し、足音には敏感に反応する。仲間たちと共に生き延びるための知恵を共有し合い、俺たちは日々を生き抜いていった。

ただ、ひとつだけ、俺には忘れられない思いがある。人間だった頃の記憶。家族や友人にもう一度会いたいと思う気持ち。だが、今となってはそれは不可能だ。ゴキブリとしての体を手に入れてしまった俺には、もう彼らの世界には戻れない。

それでも、俺は生き続ける。どんな姿であっても、生きることに意味があると信じて。ゴキブリとしての新たな人生が、終わりなく続く限り。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

新社会人、痴漢にあう!

まり
大衆娯楽
私が遭遇した痴漢達。 貴方なら、どう触る? 貴女はどう触られた?

処理中です...