「俺は小説家になる」と申しております

無限ATM

「無限ATM」

秋の冷たい風が吹き始めた頃、俺は奇妙な贈り物を受け取った。それは、真新しい白い封筒に「君へのプレゼント」とだけ書かれていた。封筒を開けると、そこには一枚のカードが入っていた。

「∞ATM」と書かれた、そのカード。説明書によると、このカードは1日に1万円まで引き出せる、そしてそれが何年でも何十年でも続くという夢のようなものだった。

最初は冗談だと思った。こんなものが本当に存在するはずがない。しかし、カードにはしっかりとした磁気帯もあり、まるで本物の銀行カードのように見える。試しに近くのATMに行ってみることにした。

機械にカードを挿入し、暗証番号を入力。すると、画面に「1万円引き出しますか？」という選択肢が現れた。半信半疑のまま、引き出しボタンを押すと、機械が動き出し、札が出てきた。1万円が、何の問題もなく手に入ったのだ。

「まさか…」

俺は驚きのあまりその場で立ち尽くした。どうしてこんなことが可能なのか？誰がこんなカードを俺に送ってきたのか？疑問が頭をよぎるが、とりあえずその日1万円を手にし、家に戻った。

翌日、再びATMに向かい、同じ手順を繰り返す。すると、またもや1万円が引き出せた。何度試しても、確実に毎日1万円を手に入れることができた。

「本当に無限にお金を引き出せるのか…？」

俺の生活は一変した。毎日、1万円という決まった金額だが、何の努力もせずに手に入るお金は、俺に余裕をもたらした。大学生として、バイトに追われることもなくなり、好きな本や映画を自由に楽しむことができるようになった。贅沢な食事を楽しむことも増え、友達に誘われる飲み会や旅行にも気軽に参加できる。

ただ一つ、心に引っかかるのは、このカードがどこからやってきたのか、そしてその贈り主が誰なのかということだった。封筒には何の名前も書かれていなかった。俺は次第に、この「無限ATM」の存在が自分の人生にどのような影響を与えるのか考え始めた。

時間が経つにつれて、毎日の1万円の引き出しが当たり前のようになっていった。財布の中には常に現金があるという安心感。それが続くことで、俺は次第に無駄遣いをするようになった。コンビニで気軽に高いスイーツを買ったり、最新のゲームやファッションアイテムを衝動買いしたりと、少しずつ散財が増えていった。

友達との距離も変わり始めた。俺が頻繁に高価なものを買うようになると、彼らは少しずつ疎遠になっていった。最初は羨ましがっていた友人たちも、俺の生活スタイルが急に変わりすぎたことで、居心地の悪さを感じ始めたのかもしれない。

そして、ある日、俺はふと気づいた。毎日手にしている1万円が、ただの紙切れに思えてきたのだ。最初は大きな喜びを感じていたが、次第にその感覚は薄れ、無限に続く1万円の価値が感じられなくなっていた。

「このままでいいのか…？」

俺は悩み始めた。金銭的な苦労がなくなった分、何か大切なものを失っている気がした。友達との関係、生活に対する感謝の気持ち、そして自分の将来に対する目標感…。すべてが薄れていくように感じられた。

ある日、大学の帰り道、ふと立ち寄ったカフェで、俺は考えた。

「このカードを手にしてから、俺は本当に幸せなのか？」

確かに、1日1万円というお金は生活を楽にしてくれた。しかし、その分、何か大切なものが少しずつ崩れているのではないかという不安が心を支配し始めた。

「こんなもの、いらなかったかもしれない…」

その思いが胸をよぎった瞬間、ポケットに入っているカードの存在が急に重たく感じられた。無限にお金を引き出せるという夢のような能力を手にしているのに、俺は本当の満足を得られていない。そんな自己嫌悪に苛まれた。

俺は決断した。これ以上、このカードに依存する生活はやめよう。自分の力で人生を築く方が、きっと本当の意味で充実した日々を送れるはずだ。

翌日、俺はそのカードを封筒に入れ直し、元に戻すことにした。誰が送り主なのかはわからないままだが、このまま使い続けてはいけない気がした。ATMに行くこともなくなり、再び自分で稼ぐ生活に戻った。

不思議なことに、カードを使わなくなったその日から、心の中に少しずつ充実感が戻ってきた。以前のようにバイトに行き、勉強し、友人たちと過ごす時間が増えていく中で、俺は次第に本当の幸福とは何かを感じ始めた。

お金が無限にあっても、それだけでは得られないものがある。そんなことを教えてくれた「∞ATM」は、きっと誰かが俺に贈ってくれた大切な教訓だったのだと、俺は今でも思っている。