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13日の金曜日

「13日の金曜日」

秋風が冷たく吹き抜ける、13日の金曜日。何か悪いことが起きそうな予感が漂うこの日、玲奈（れいな）は朝からついていなかった。目覚まし時計が鳴らず、慌てて飛び起きると朝食も取らずに家を飛び出した。通勤電車ではすでに座席は埋まり、吊り革にしがみつきながら会社に向かう。いつもより混んでいる電車に揺られながら、ふと、幼い頃に聞いた「13日の金曜日は不吉だ」という言葉が頭をよぎった。

職場に到着するなり、上司の田中課長が険しい顔で待ち構えていた。「おい、玲奈、昨日の書類の件どうなってる？」彼の声が冷たく響く。玲奈は書類の確認を怠っていたことを思い出し、慌てて言い訳を考えたが、言葉が出てこない。結局、何も言えずにその場をやり過ごした。

「しっかりしてくれよ。今日は大事なプレゼンがあるんだからな。」田中課長はため息をつき、玲奈に背を向けた。玲奈はその場に立ち尽くし、自己嫌悪に陥った。何かがずれている。いつもなら簡単にこなせる仕事が、今日はやけに重たく感じる。

その日のランチタイム、同僚の美咲（みさき）と一緒にカフェへ向かったが、玲奈の注文したサンドイッチが間違って出てきた。しかも、美咲の好きなチキンがなく、代わりに野菜サンドが山盛りだ。「もう、なんで今日はこんなにツイてないの？」美咲がため息をつくと、玲奈は苦笑いしながら「13日の金曜日だからじゃない？」と冗談めかして言ったが、その言葉が現実味を帯びて感じられて、二人とも苦笑いするしかなかった。

午後になると、プレゼンの準備が進んでいないことに気づいた玲奈は、パソコンに向かい必死で資料を作成した。しかし、突然パソコンがフリーズし、ファイルが消えてしまった。「えっ、うそでしょ…」玲奈は青ざめながら再起動を試みたが、データはすでに消えていた。同僚たちも忙しそうにしていて助けを求めることもできず、玲奈は一人で何とかしようと必死だった。

「これ、どうすればいいの…」玲奈は呟き、肩を落とした。まるで見えない力が働いているかのように、すべてが悪い方向に進んでいる。心の中で「13日の金曜日だからだ」と何度も自分に言い聞かせながらも、次第にその不安は現実のものとして玲奈の心を支配していった。

仕事を終えた玲奈は、疲れ切った体で自宅に戻った。鍵を開け、ドアを開けると暗い部屋が迎えてくれる。普段は明るい雰囲気の部屋も、今日だけは妙に冷たく感じた。何かが足りないような、不気味な静けさが漂っている。玲奈は部屋の電気をつけると、部屋の片隅にある花瓶が倒れているのに気づいた。そこにはいつも元気に咲いていた花が無惨にも散らばり、まるで彼女の気持ちを代弁するかのように見えた。

「本当に、今日は最悪だ…」

玲奈はその場にしゃがみ込み、散らばった花を拾い集めた。手に取った花びらはしおれていて、花瓶の水もすっかり乾いていた。なぜこんなことが起きたのか、玲奈にはわからなかった。ただ、何かが自分の中で変わってしまったような気がした。

その時、玲奈のスマホが鳴った。画面には美咲からのメッセージが表示されている。「玲奈、大丈夫？今日はなんだかみんなおかしいよね。今度ランチでも行こう！」玲奈はそのメッセージを見て、ふっと微笑んだ。今日が特別に悪い日だったとしても、明日がある。美咲の一言が、玲奈の心を少し軽くしてくれた。

「ありがとう、美咲。」

玲奈はそう返信し、立ち上がった。部屋の静けさが少し和らいだように感じ、冷蔵庫からお気に入りの紅茶を取り出した。カップに注ぎ、香りを楽しみながら深呼吸をする。13日の金曜日でも、こうして日常の小さな幸せを見つけることはできるのだ。月明かりが窓から差し込み、玲奈の心を少しずつ癒していった。

「今日はツイてなかったけど、明日はきっといい日になる。」

玲奈はそう呟きながら、紅茶を一口飲んだ。外では風が静かに木々を揺らし、秋の夜がゆっくりと深まっていく。13日の金曜日でも、すべてが悪いわけではない。小さな幸せを見つけることで、どんな日でも乗り越えていける。玲奈はそう信じて、少しずつ前を向く気持ちを取り戻していった。明日はまた新しい一日が始まる。玲奈はカーテンを閉め、ベッドに潜り込んだ。

明日の朝には、きっと太陽が明るく照らしてくれる。13日の金曜日の不吉さも、過ぎてしまえばただの一日だ。玲奈は瞼を閉じて、少しずつ眠りに落ちていった。心の中で、小さな幸せを大切に抱きしめながら。