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父との距離
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「父との距離」
中学二年生の夏、アキラは自分の体の変化に敏感になり始めていた。特に気になっていたのは、脚の毛。プールの授業が増えるこの時期、周りの友達の脚と比べて、自分の脛の毛がどうしても目立っているような気がしていた。
ある日、友達のタクミがプールサイドで冗談交じりに言った。「アキラ、お前、毛濃いな。オヤジかよ!」その言葉に、周りの友達はクスクスと笑った。アキラも無理に笑ってみせたけれど、心の中では少し傷ついていた。それ以来、アキラは家でこっそりと脱毛を始めた。
母親の化粧台の引き出しに入っていた脱毛クリーム「オキシューウル」を見つけたのは偶然だった。薄いピンク色のチューブに、優雅な女性のイラストが描かれている。どう見ても母親のもので、自分が使うものではないと思ったが、藁にもすがる思いで、それをこっそり使ってみることにした。
「これで、毛がなくなれば」と、アキラは脱毛クリームを脛に塗り込んだ。独特の化学的な匂いが鼻をつく。待つこと数分、毛は溶けるように抜け落ちていった。その瞬間、アキラは一種の達成感を感じた。滑らかな肌が露わになり、なんだか自分が少しだけ大人になったような気がした。
それ以来、アキラは定期的に脱毛クリームを使っていた。最初は緊張していたが、回数を重ねるごとに慣れていった。プールの授業でも、誰にも指摘されなくなり、アキラは少しだけ自信を取り戻していた。
しかし、その平穏な日々はある日突然に崩れた。夏休みの午後、アキラがいつものように浴室で脱毛クリームを使っていたとき、ガチャリとドアが開いた。そこには、仕事から早く帰ってきた父が立っていた。
「おい、何やってるんだ?」父は驚いた様子でアキラを見た。アキラは瞬時に隠そうとしたが、すでに遅かった。
「それ、お母さんのだろ?男がそんなことするもんじゃない」と、父は眉をひそめた。アキラは何も言えなかった。自分でも、何が悪いのかはわかっていたが、父のその言葉には違和感を覚えた。なぜ、自分が毛を気にしてはいけないのか?なぜ、母親のものだから使ってはいけないのか?それがわからなかった。
「そんなこと、する必要ないだろう」と、父は続けた。アキラは反論したかった。プールでの友達の言葉、鏡に映る自分の姿、全てが彼を悩ませていたのだ。しかし、何をどう伝えればいいのかがわからず、ただ「ごめん」と言うしかなかった。
父はため息をつき、静かに浴室を出て行った。その後、家の中は静かで、アキラは浴室で一人、立ち尽くしていた。クリームの匂いだけが強く鼻を突く。その夜、アキラは寝室でずっと考えていた。自分の気持ちをどう伝えればいいのか、どうすれば父と理解し合えるのか。
翌朝、アキラは意を決して父に話しかけた。「お父さん、昨日のことだけど、僕は…ただ、気にしてるんだ。友達に言われて、嫌な思いをしたんだ」
父は新聞を読みながら、少しだけ顔を上げた。「そうか。でもな、男がそんなこと気にするな」
アキラは首を振った。「そうかもしれないけど、僕にはそれが大事なんだ。誰かに笑われるのが嫌なんだ」
父は少しの間黙っていたが、やがてゆっくりと新聞を畳んだ。「そうか…そういうことなら、もう少しちゃんと話してくれればよかったな」
その言葉に、アキラはほんの少しだけ救われた気がした。父と完全に理解し合えたわけではなかったが、少なくとも一歩踏み出したような気がした。
「俺も若い頃は色々気にしてたんだよ」と、父はポツリと呟いた。その言葉にアキラは驚いた。父もまた、同じように自分の体や外見を気にしていたのだろうか。そんなことを一度も考えたことがなかった。父もまた、若い頃は不安を抱えていたのかもしれない。そう思うと、父との距離が少しだけ縮まった気がした。
その日から、アキラは脱毛クリームを使うことを控えるようになった。完全にやめたわけではないが、少しだけ使う頻度を減らしてみた。父との会話がきっかけで、自分の気持ちと少しだけ向き合えた気がしたのだ。
夏休みが終わり、学校が始まった。アキラはプールの授業がまた始まることを思うと、少しだけ憂鬱だったが、以前ほどではなかった。少なくとも、自分の気持ちを伝えることができたことが、小さな自信になっていた。
プールサイドで友達がふざけて脚の毛の話をしても、アキラはもうそれほど気にしなくなっていた。彼はただ、自分らしくいることの方が大事だと気づいたのだ。父との小さな会話が、アキラにとっては大きな一歩だった。それは、思春期の彼にとって、父との理解を深めるための小さな革命でもあった。
「男が気にすることじゃない」と言われた言葉の意味が、今のアキラには少しだけ違って聞こえていた。自分の体をどうするかは自分の選択であり、それを他人がどう思うかは大して重要ではない。アキラはそう考えるようになり、少しずつ自分のペースで生きることを覚えていったのだった。
中学二年生の夏、アキラは自分の体の変化に敏感になり始めていた。特に気になっていたのは、脚の毛。プールの授業が増えるこの時期、周りの友達の脚と比べて、自分の脛の毛がどうしても目立っているような気がしていた。
ある日、友達のタクミがプールサイドで冗談交じりに言った。「アキラ、お前、毛濃いな。オヤジかよ!」その言葉に、周りの友達はクスクスと笑った。アキラも無理に笑ってみせたけれど、心の中では少し傷ついていた。それ以来、アキラは家でこっそりと脱毛を始めた。
母親の化粧台の引き出しに入っていた脱毛クリーム「オキシューウル」を見つけたのは偶然だった。薄いピンク色のチューブに、優雅な女性のイラストが描かれている。どう見ても母親のもので、自分が使うものではないと思ったが、藁にもすがる思いで、それをこっそり使ってみることにした。
「これで、毛がなくなれば」と、アキラは脱毛クリームを脛に塗り込んだ。独特の化学的な匂いが鼻をつく。待つこと数分、毛は溶けるように抜け落ちていった。その瞬間、アキラは一種の達成感を感じた。滑らかな肌が露わになり、なんだか自分が少しだけ大人になったような気がした。
それ以来、アキラは定期的に脱毛クリームを使っていた。最初は緊張していたが、回数を重ねるごとに慣れていった。プールの授業でも、誰にも指摘されなくなり、アキラは少しだけ自信を取り戻していた。
しかし、その平穏な日々はある日突然に崩れた。夏休みの午後、アキラがいつものように浴室で脱毛クリームを使っていたとき、ガチャリとドアが開いた。そこには、仕事から早く帰ってきた父が立っていた。
「おい、何やってるんだ?」父は驚いた様子でアキラを見た。アキラは瞬時に隠そうとしたが、すでに遅かった。
「それ、お母さんのだろ?男がそんなことするもんじゃない」と、父は眉をひそめた。アキラは何も言えなかった。自分でも、何が悪いのかはわかっていたが、父のその言葉には違和感を覚えた。なぜ、自分が毛を気にしてはいけないのか?なぜ、母親のものだから使ってはいけないのか?それがわからなかった。
「そんなこと、する必要ないだろう」と、父は続けた。アキラは反論したかった。プールでの友達の言葉、鏡に映る自分の姿、全てが彼を悩ませていたのだ。しかし、何をどう伝えればいいのかがわからず、ただ「ごめん」と言うしかなかった。
父はため息をつき、静かに浴室を出て行った。その後、家の中は静かで、アキラは浴室で一人、立ち尽くしていた。クリームの匂いだけが強く鼻を突く。その夜、アキラは寝室でずっと考えていた。自分の気持ちをどう伝えればいいのか、どうすれば父と理解し合えるのか。
翌朝、アキラは意を決して父に話しかけた。「お父さん、昨日のことだけど、僕は…ただ、気にしてるんだ。友達に言われて、嫌な思いをしたんだ」
父は新聞を読みながら、少しだけ顔を上げた。「そうか。でもな、男がそんなこと気にするな」
アキラは首を振った。「そうかもしれないけど、僕にはそれが大事なんだ。誰かに笑われるのが嫌なんだ」
父は少しの間黙っていたが、やがてゆっくりと新聞を畳んだ。「そうか…そういうことなら、もう少しちゃんと話してくれればよかったな」
その言葉に、アキラはほんの少しだけ救われた気がした。父と完全に理解し合えたわけではなかったが、少なくとも一歩踏み出したような気がした。
「俺も若い頃は色々気にしてたんだよ」と、父はポツリと呟いた。その言葉にアキラは驚いた。父もまた、同じように自分の体や外見を気にしていたのだろうか。そんなことを一度も考えたことがなかった。父もまた、若い頃は不安を抱えていたのかもしれない。そう思うと、父との距離が少しだけ縮まった気がした。
その日から、アキラは脱毛クリームを使うことを控えるようになった。完全にやめたわけではないが、少しだけ使う頻度を減らしてみた。父との会話がきっかけで、自分の気持ちと少しだけ向き合えた気がしたのだ。
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「男が気にすることじゃない」と言われた言葉の意味が、今のアキラには少しだけ違って聞こえていた。自分の体をどうするかは自分の選択であり、それを他人がどう思うかは大して重要ではない。アキラはそう考えるようになり、少しずつ自分のペースで生きることを覚えていったのだった。
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