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春秋花壇

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コメが消えた夏

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コメが消えた夏

2023年の夏、東京都心のスーパー「青空マート」は、開店前から人の列ができていた。最近の猛暑と観光客の増加によって、コメが全国的に不足しているというニュースが広まり、消費者たちは少しでも早く商品を確保しようと殺気立っていた。

「開店まであと10分です!」と店員が叫ぶと、待ちわびていた人々からどっと声が上がった。みんな、今日こそはコメを手に入れようと意気込んでいる。

スーパーの中、店長の中村は忙しなく動き回っていた。彼は仕入れ先と電話で何度も交渉し、少しでも多くのコメを確保しようと尽力していたが、その努力も空しく、店頭に並べられるコメはわずかだった。

「中村さん、今日のコメ、これだけですか?」アルバイトの佐藤が不安げに尋ねる。

「ああ、仕方ないんだよ。どこもかしこも在庫がなくてな。とりあえずこれを並べるしかない。」中村は棚の隙間に少しずつ袋を配置しながら答えた。

開店の時間になると、ドアが開いた瞬間に人々が一斉に店内へ押し寄せた。目的はただ一つ、コメだ。中村は心の中で「頼むから落ち着いてくれ」と祈ったが、目の前の光景はまるで戦場のようだった。コメの棚に殺到する人々の中で、小さな袋を手に取り合う姿が繰り広げられた。

「おい、これ俺のだ!」と怒鳴り声が飛び交う。中村は急いで駆け寄り、「皆さん、順番にお願いします! これでは誰も満足できませんよ!」と叫んだが、その声は騒ぎの中でかき消されてしまった。

やがて、棚は一瞬で空っぽになり、最後にコメを手にしたのは若い女性だった。彼女は小さな袋を胸に抱え、「やっと買えた…」と安堵の息を漏らした。彼女の隣で、年配の女性が悔しそうに肩を落としているのが見えた。中村はその姿に胸が痛んだ。

「あの、次の入荷はいつですか?」と、年配の女性が尋ねた。

「正直なところ、次の入荷の見通しはまだ立っていません。申し訳ありません。」中村は頭を下げた。彼女は静かに頷き、空っぽの棚を一瞥してからゆっくりと店を後にした。

その日、店内では不満の声が渦巻き、SNSには「青空マートでコメが買えなかった」との書き込みが相次いだ。「こんな状況でコメが不足するなんて、どうなってるんだ」「備蓄米を放出しない政府は何を考えているんだ」という怒りの声も多かった。

その夜、中村は疲れ果てた体をソファに投げ出し、テレビのニュースを見ていた。画面には、大阪府の吉村知事が政府に備蓄米の放出を要請する映像が流れていたが、農水相は「新米が出回るのでコメ不足は9月には解消する」と発言し、備蓄米の放出を否定していた。

「9月まで待てって言われてもなあ…」中村はつぶやいた。自分の店では今すぐにでもコメが必要なのだ。政府の言葉はどこか他人事のように響き、現場の苦労や切実さは何も伝わっていないように感じた。

翌日も「青空マート」には朝から長い列ができていたが、中村の胸には重いものが残っていた。コメ不足が引き起こしたパニックは、ただの供給問題ではない。もっと深いところで、日本の食文化のあり方や農業政策の失敗が影響しているのだと気づかされていた。

彼は朝の会議でスタッフにこう話した。「今日もまた厳しい一日になるだろう。だが、俺たちはここで諦めるわけにはいかない。できることを精一杯やって、少しでも多くの人にコメを届けよう。」

スタッフたちは頷き、いつものように準備を始めた。その姿に、中村は小さな希望を見出していた。政府が動かなくても、彼らが現場で踏ん張ることが、日本人の食卓を支える一つの力になると信じていた。

その日もやはり、開店と同時に店内は混乱状態となり、コメの棚はあっという間に空になった。しかし、中村は冷静に対応し続けた。困惑する客たちに丁寧に説明し、何とか次の入荷に希望をつなげてもらおうと努力した。

夕方、店が閉まる頃には、さすがに中村も疲れ果てていた。けれども、彼の心の中には、一つの決意があった。この夏のコメ不足は、ただの一過性の騒動ではない。これを機に、もっと多くの人がコメの大切さを考え、日本の農業と食文化を見直すきっかけになればと願っていた。

「コメが消えた夏」として語り継がれるだろうこの年。中村は、自分の小さなスーパーが、その中でどれだけの役割を果たせるかを思いながら、明日もまた、店のドアを開けることを決めた。
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