「俺は小説家になる」と申しております

520席のフードコートと負けネズミ

「520席のフードコートと負けネズミ」

ユニバース25。理想郷のように見えて、実は崩壊の予兆に満ちた社会実験。すべての物資が揃い、食べ物も住む場所も十分にある。しかし、その豊かさはやがてネズミたちを狂わせ、衰退へと導く。

そんなユニバース25の話を思い出しながら、僕はイオンの520席あるフードコートの一角に座っていた。目の前には人々が行き交い、各々が好きな食べ物を手にして席を探している。子ども連れの家族や友人同士、そして一人でスマホを見つめる若者たち。彼らは皆、何事もなくその場所に馴染んでいるように見えた。

でも、僕にはその光景がまるでユニバース25のネズミたちのように思えた。豊富な資源に囲まれながらも、どこか空虚な時間を過ごす姿は、実験の終末期に見られた「美しいネズミたち」に似ている。見た目は整っていても、心の中は空っぽで、ただ存在しているだけのように感じられた。

僕自身はと言えば、そのフードコートに馴染むことができない「負けネズミ」なのかもしれない。周りの喧騒が耳に響き、何をしても落ち着かない。食事をしようと並んでみたものの、他人の肩がぶつかるたびに体が硬直してしまう。ようやく手に入れた食べ物も、席に座る前に冷めてしまい、食べる気力も失せていく。

「どうしてみんな平気なんだろう…」

そんな思いが頭をよぎる。フードコートの人々は何の疑問もなく、自分の居場所を見つけ、楽しそうに食事をしている。僕だけが異質で、居場所を探して彷徨うネズミのように思えてならなかった。

席に座ることさえ苦痛で、僕は何も食べずに立ち去った。フードコートを出ると、エスカレーターに乗り、上の階へと向かった。ガラス越しに見える広い駐車場では、車がひっきりなしに出入りし、終わりのない活動が続いている。けれども、その風景もまた、どこか虚しさを感じさせた。

「これは社会適応障害なんだろうか」

自問自答してみるが、答えは見つからない。僕がこの場所に馴染めないのは、何かが欠けているからなのか、それとも単に時代に取り残されているだけなのか。フードコートの520席が僕を拒んでいるのか、それとも僕自身がそこに馴染むことを拒んでいるのか。

外に出ると、まだ夏の暑さが残る夕方の空気が肌を刺した。涼しい風を期待していたのに、現実は期待を裏切る。息苦しさはむしろ増していくばかりだ。

「結局、ユニバース25も似たようなものだったのかもな…」

豊かさに囲まれていても、それがすべてではない。実験のネズミたちがそうだったように、人間もまた、自分の居場所を見つけられないと何もかもが無意味に感じられるのかもしれない。僕は自分の足で歩き始めたが、行き先などどこにも決まっていなかった。ただ、居場所を求めて彷徨うネズミのように、どこかに安心できる場所があるのではと信じているだけだった。

「こんな風にずっと彷徨っているのは、やっぱり負けネズミなのかな…」

答えのない問いが頭の中を巡る。僕は歩きながら、ふと立ち止まり、夕焼けに染まる空を見上げた。ビルの隙間から見える空は赤く染まり、日が沈もうとしていた。人々は急ぎ足で家路に向かっている。そんな中、僕はただ立ち尽くし、変わりゆく空の色を見つめていた。

「まあ、どこに行っても同じか…」

結局、僕はどこにも馴染めないままだ。けれど、どこかで自分を受け入れてくれる場所があると信じて、また歩き出す。いつか見つかるかもしれない。そんな淡い期待を胸に抱きながら、僕はまた人混みの中に紛れていった。

520席のフードコートも、イオンの広い駐車場も、結局は同じ場所だ。僕が求めているのは、ただ心が安らぐ場所であり、それはどこかにあると信じるしかなかった。ユニバース25のように物理的な豊かさに惑わされることなく、自分の居場所を探し続けることが、僕にとっての生きる意味なのかもしれない。

今日もまた、僕は歩き続ける。明日も同じように、この街を彷徨いながら、自分の居場所を探していく。負けネズミであることに変わりはないが、それでも僕は諦めずに生きている。それが、今の僕にできる唯一のことだった。