「俺は小説家になる」と申しております

家の近所なのに迷子になる

家の近所なのに迷子になる

彼女が迷子になるなんて、誰もが驚くはずだ。特にそれが、家の近所で起こるなんてことがあれば、なおさらだ。しかし、それが彼女、佐藤美咲の現実だった。

「美咲ちゃん、今日もいい天気ね。」

近所の八百屋のおばさんが、いつものように声をかけてきた。美咲は笑顔で手を振りながら、そのまま歩き続けた。今日は、ただの散歩のつもりだった。

家からほんの数百メートルしか離れていない場所で、彼女は迷子になった。日が高く昇り、周囲が昼の光で眩しくなる中、美咲は気づくと見慣れた景色がどこか違って見えることに気づいた。

「おかしいな…」

彼女はスマートフォンを取り出し、地図アプリを確認した。すると、画面上の地図が彼女の位置を指している場所は、自分が知っている通りの場所ではなかった。驚くことに、自分が家の近所だと思っていた場所が、どこか全く違う場所に変わってしまっていたのだ。

周囲を見渡すと、美咲が歩いてきた通りとは違う風景が広がっていた。家の外壁に似た建物が立ち並び、でもどこかが違う。彼女が普段通っている通りと、明らかに違う通りに迷い込んでしまったのだ。

「これは一体どういうこと？」

美咲は頭を抱えた。何度も歩いた道なのに、なぜか道がわからなくなってしまった。彼女は方向感覚に自信があったはずだが、今の状況ではどうにもならない。

「もしかして、ここは本当に家の近所なのかな？」

周囲の景色を改めて見てみると、見覚えのある建物もいくつかあることに気づいた。しかし、どれも以前とは違ったように見え、何もかもがわからなくなっていた。

歩き続けるうちに、目の前に一つの古びたカフェが現れた。看板には「近所の喫茶店」と書かれているが、その文字も今まで見たことがない。興味本位でその店に入ってみることに決めた。

カフェの扉を開けると、温かい香りが迎えてくれた。中はこじんまりとしているが、落ち着いた雰囲気でいっぱいだった。カウンターの後ろには、年配の店主が微笑みながら見守っていた。

「いらっしゃいませ。」

美咲はおずおずと店主に声をかけた。「すみません、少し道に迷ってしまって…ここはどこなんでしょうか？」

店主はにっこりと笑いながら、「ここは古いカフェで、あなたが迷っている通りの裏通りです。少し道を外れると、こういった不思議な場所に出くわすこともありますよ。」

美咲はほっとしたような表情を浮かべた。「そうなんですね…。でも、家に戻るにはどうすればいいのでしょうか？」

店主はメニューを差し出しながら、「まずはお茶を飲んでリラックスしてみてください。心を落ち着けると、道も自然と見えてくるものですから。」

美咲はその言葉に従い、カフェのテーブルに座り、お茶を一口飲んだ。すると、心が徐々に落ち着き、周囲の景色も元に戻ってきたような気がした。リラックスした気持ちで窓の外を見ると、自分が迷っていた通りが見えてきた。

「ありがとうございます。」

店主にお礼を言い、美咲はカフェを後にした。もう一度スマートフォンの地図を確認し、家への帰路を辿り始めた。途中、何度も曲がりくねった道に出くわしたが、ようやく自分が知っている道に戻ることができた。

家に帰り着いたとき、美咲はほっと一息つきながら、自分の心の迷子も同時に解決できたような気がした。時折、こういった小さな冒険が、自分自身を見つめ直す機会を与えてくれるのだと感じた。

次回はもう少し注意深く、そしてゆっくりと歩こうと思いながら、美咲は家のドアを開けた。