「俺は小説家になる」と申しております

夏の大三角

夏の大三角

蒸し暑い夏の夜、東京の空に浮かぶ星々がきらめく。真夜中を過ぎたころ、ビルの谷間から見上げると、そこには夏の大三角形が輝いていた。ベガ、デネブ、アルタイル。この三つの星が形作る三角形は、都会の喧騒を忘れさせるほどの美しさを放っていた。

私は山下紘一、29歳のプログラマーだ。日々の仕事に追われ、夜遅くまでパソコンとにらめっこしている生活が続いていた。この夜もまた、遅くまで残業をして帰宅する途中だった。

「今日も疲れたな…」と心の中で呟きながら、私は家路を急いでいた。そんな時、ふと空を見上げた。都会の夜空はいつも薄曇りで、星を見ることなど滅多にない。しかし、この夜は違った。夏の大三角形が、くっきりと輝いていたのだ。

星空に見とれていると、思い出すのは子供の頃の夏休みのことだった。祖父母の家がある田舎に遊びに行き、夜になると祖父と一緒に星を見上げた。その時に教えてもらったのが、夏の大三角形だった。

「ベガ、デネブ、アルタイル。この三つの星が形作る三角形は、夏の夜空の象徴なんだよ」と、祖父の温かい声が耳に残っている。

あの頃の私は、祖父の話を夢中で聞きながら、星座の物語に心を躍らせたものだ。しかし、大人になるにつれて、そんな純粋な感動を忘れてしまっていた。

その夜、私は久しぶりに星を見ながら歩いていた。ビルの谷間から見える星々が、都会の喧騒を忘れさせてくれる。ふと、前方に一人の女性が立っているのに気づいた。彼女もまた、星空を見上げているようだった。

「こんな都会で星を見るなんて、ちょっとロマンチックですね」と、彼女が声をかけてきた。驚いた私は、少し戸惑いながらも「そうですね」と答えた。

彼女の名前は、佐藤美咲。彼女もまた、都会の忙しさに疲れ、星空を見上げて心を癒していたのだという。二人は自然と会話を始め、夏の大三角形のことや、子供の頃の思い出について話し始めた。

「私も、小さい頃に祖父と一緒に星を見たことがあります」と、美咲が言った。

「僕もです。祖父が教えてくれた夏の大三角形のこと、今でも覚えています」と、私は答えた。

話が進むうちに、二人は共通の趣味や興味を発見した。星空だけでなく、自然や旅行についても話が弾んだ。その夜は、まるで昔からの友人のように親しくなった。

「こんな風に星を見ながら話すの、いいですね」と、美咲が微笑んだ。

「本当に。都会の中でも、こんな素敵な瞬間があるんですね」と、私は応えた。

その後も、二人は時々夜遅くに会っては星を見上げるようになった。夏の大三角形を見ながら、過去の思い出や未来の夢を語り合う時間は、日々のストレスを忘れさせてくれる貴重なひとときだった。

ある晩、美咲がこんなことを言った。「紘一さん、星空を見ていると、自分の悩みがちっぽけに感じますね。広い宇宙の中で、私たちはほんの一部なんだなって思うと、不思議と心が軽くなります。」

「そうですね。星空を見上げると、自分の悩みや仕事のストレスなんて、どうでもいいように思えてきます」と、私は応えた。

その瞬間、二人の心が一つに重なったような気がした。都会の喧騒から逃れ、静かな夜空の下で過ごす時間が、二人の絆を深めていった。

やがて、夏が終わりに近づく頃、二人は一緒に旅行に行く計画を立てた。田舎の静かな場所で、もっとたくさんの星空を見たいと思ったのだ。美咲の提案で、彼女の祖父母の家がある地方に行くことになった。

田舎の夜空は、東京とは比べ物にならないほど美しかった。満天の星が広がり、夏の大三角形も一層鮮やかに輝いていた。二人は星空の下で手をつなぎながら、心からの安らぎを感じた。

「この景色を、一生忘れない」と、私は心に誓った。

「私も。紘一さんと一緒に見た星空、ずっと心に残ります」と、美咲が微笑んだ。

東京に戻った後も、二人は星空を見上げる度に、あの夏の夜のことを思い出すようになった。そして、都会の中でも自然の美しさや静けさを感じることができることを、改めて実感した。

夏の大三角形。それは、二人の心に深く刻まれた思い出の象徴であり、これからもずっと輝き続ける星々だった。どんなに忙しい日々でも、星空を見上げることで、二人は心の中に安らぎと希望を見つけることができたのだ。

その夏の経験を通じて、私は新たな物語を紡ぎ出すことを決意した。星空を見上げることで得られる癒しと希望を、多くの人々に伝えるために。紘一と美咲の物語は、これからも続いていく。そして、その物語は、読者の心にも星空の輝きをもたらしてくれることを願っている。