上 下
985 / 1,690

きゅうりも買えない

しおりを挟む
きゅうりも買えない

夏の暑い日、陽子は冷蔵庫を開けてため息をついた。若芽の酢の物が食べたくてたまらないのに、きゅうりがない。ここ最近、仕事を辞めて収入が減ったため、スーパーでの買い物も制限せざるを得なかった。

「きゅうりなんて、こんなに高いなんて……」陽子は手のひらに載せた少しの小銭を見つめ、やるせない気持ちに包まれた。

近所のスーパーに行ってみたものの、やはり予算が足りず、きゅうりを買うことはできなかった。陽子は肩を落とし、ゆっくりと家に戻った。

帰宅後、台所に立ち、冷蔵庫の中を再び覗き込んだ。少しだけ残っていた若芽と、お酢、砂糖、醤油が目に入った。思い出したように、小さな箱に入った乾燥わかめを見つける。

「これだけでも、なんとかなるかも……」

陽子は希望を胸に、簡単な酢の物を作り始めた。乾燥わかめを水で戻し、お酢と砂糖を混ぜたタレで和えた。きゅうりがなくても、わかめの食感とタレの酸味が相まって、十分に美味しそうだ。

「これで十分。きっと美味しいよ。」

陽子は自分に言い聞かせるように、わかめの酢の物を一口食べた。その瞬間、口の中に広がる爽やかな酸味とわかめの柔らかさに、ほっと胸をなでおろした。

その夜、陽子はベランダに出て、夕涼みをしながら静かに自分の食事を楽しんだ。街の明かりがぼんやりと輝き、遠くで聞こえる子供たちの笑い声が心地よく響いた。

「きゅうりがなくても、幸せを感じることはできるんだな……」

陽子は静かに微笑み、自分の小さな幸せを噛み締めた。酢の物のシンプルな味わいが、日々の些細な喜びを思い起こさせる。物質的な豊かさだけが幸せの源ではない。今、こうして感じる穏やかな時間こそ、何よりも貴重なものであることに気づいた。

その後、陽子は毎日の食事を大切にし、自分の工夫で少しずつ新しいレシピを試みるようになった。収入が少なくても、心の豊かさを求めることで、日常の中に多くの喜びを見つけることができたのだ。

そして、ある日、近所のおばあちゃんから声をかけられた。

「陽子ちゃん、このきゅうり、たくさんもらったんだけど、一緒に食べない?」

おばあちゃんの優しい笑顔と共に差し出されたきゅうりは、陽子にとって何よりも嬉しい贈り物だった。

「ありがとうございます、おばあちゃん!」

その日、陽子は久しぶりにきゅうり入りの若芽の酢の物を作った。自分の工夫と人々の温かさが織りなす日々の中で、陽子は再び幸せを感じながら食卓を囲んだ。

END





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

お金持ちごっこ

春秋花壇
現代文学
お金持ちごっこは、お金持ちの思考や行動パターンを真似することで、自分も将来お金持ちになれるように意識を高める遊びです。 お金持ちごっこ お金持ちごっこ、心の中で、 夢見る未来、自由を手に、 思考を変え、行動を模倣、 小さなステップ、偉大な冒険。 朝の光が差し込む部屋、 スーツを選び、鏡を見つめ、 成功の姿、イメージして、 一日を始める、自分を信じて。 買い物リスト、無駄を省き、 必要なものだけ、選び抜いて、 お金の流れを意識しながら、 未来の投資を、今日から始める。 カフェでは水筒を持参、 友と分かち合う、安らぎの時間、 笑顔が生む、心の豊かさ、 お金じゃない、価値の見つけ方。 無駄遣いを減らし、目標に向かう、 毎日の選択、未来を描く、 「お金持ち」の真似、心の中で、 意識高く、可能性を広げる。 仲間と共に、学び合う時間、 成功のストーリー、語り合って、 お金持ちごっこ、ただの遊びじゃない、 心の習慣、豊かさの種まき。 そうしていくうちに、気づくのさ、 お金持ちとは、心の豊かさ、 「ごっこ」から始まる、本当の旅、 未来の扉を、共に開こう。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...