悪役令嬢は慎み深さを手に入れた

影の声

「影の声」

ルシア王妃が廊下を歩くと、いつもどこからか陰湿な囁き声が聞こえてきた。それは侍女たちの間で交わされる、さげすみと悪意に満ちた陰口だった。

「見た？あの捨て子の王妃様、またお高くとまってるわ。」
「所作も何もかもが粗末で、王妃としての品格がないのよね。」
「本当に。どうしてあんな人が王妃になれたのか、不思議で仕方ないわ。」

声の主たちは、ルシアの足音が近づくと、一瞬だけ口を閉ざすが、すぐにまた耳障りな笑い声を上げて囁き始めた。

ルシアはその言葉が聞こえないふりをして通り過ぎる。背筋を伸ばし、決して足を止めない。それが彼女の唯一の反撃手段だった。心の中では、毎回胸が締め付けられるような痛みを感じていたが、それを顔に出すことは許されなかった。

彼女が王妃としての務めを果たすために選んだ道は、何も返さず、ただ耐えることだった。侍女たちが陰口を叩くのは、彼女が捨て子として宮廷に入ったという過去を持っているからだ。それは決して変えることのできない事実であり、ルシア自身もそのことを痛感していた。

ある日、ルシアは図書室でひとり静かに本を読んでいた。彼女にとって、書物は唯一の安らぎの場であり、心の拠り所だった。しかし、その静寂を破るかのように、扉の向こうから再び陰口が聞こえてきた。

「王妃様、いつもあんなに本ばかり読んで、何を学んでるのかしら？」
「きっと、どうやって捨て子の過去を隠すか考えてるんでしょうね。」

その瞬間、ルシアの手が震え、持っていた本が音を立てて床に落ちた。彼女は深く息を吸い込み、涙がこみ上げるのを必死にこらえた。

「これでいいの？」自問自答するルシアの心に、今まで抑えていた感情が押し寄せた。「こんな風に言われ続けることが、私の運命なのだろうか？」

その夜、ルシアは鏡の前に立ち、自分自身と向き合った。そこに映るのは、ただの王妃ではない。苦しみと戦いながらも、強くあろうとする一人の女性だった。

彼女は鏡に映る自分に向かって、静かに言葉をかけた。「私は、私のままでいい。誰かにどう思われようとも、私は変わらない。王妃として、母として、そして一人の人間として、私の道を進む。」

その決意が、彼女を強くした。翌日から、ルシアは今まで以上に自信を持って行動するようになった。彼女が侍女たちの間を通り過ぎるとき、さげすみの言葉も悪意のある陰口も、まるで霧が晴れるように彼女から遠ざかっていった。

ルシアはついに気づいた。自分を傷つける言葉に心を奪われるのではなく、自分自身を信じることが何よりも大切なのだと。影の声はもう彼女に届かない。彼女の心は、誰にも壊すことのできない城のように堅固になった。