干物女を圧縮してみた

飲みっぱなしのグラスや缶を片付ける

「飲みっぱなしのグラスや缶を片付ける」

彼女が部屋を出て行ってから、一週間が経った。部屋の隅に散らばった飲みっぱなしのグラスや缶が、まるで時間が止まったかのように放置されている。テーブルの上には、飲みかけのコーヒーと空のビール缶。床には倒れたままのペットボトルが転がっている。

一人暮らしを始めてからというもの、生活がどんどん乱れていった。特に彼女が去ってからは、家に帰るたびに飲んでは放置し、片付ける気力も失ってしまった。もともと几帳面な性格ではないが、これほどまでに自分を放置することになるとは思わなかった。

「どうしてこうなっちゃったんだろう……」

一人つぶやきながら、ソファに身を沈める。部屋の中は暗く、薄明かりが外から漏れているだけ。窓を開ける気にもならないし、何かをする気力も湧かない。テレビはつけっぱなしだが、何が映っているかもよくわからない。

彼女との別れは、突然だった。些細なことがきっかけで喧嘩をして、言い合いがエスカレートし、最終的に彼女がドアを勢いよく閉めて出て行った。そのまま連絡はなく、彼女が戻ってくる気配もなかった。最初は怒りや悔しさがあったが、次第にそれが寂しさに変わり、今ではただぼんやりとした喪失感だけが残っている。

ソファに座ったまま、テーブルの上に散らばる空き缶を見つめる。手を伸ばして片付けようとするが、体が動かない。心の中で「やらなきゃ」と思っても、どうしても動き出せない。何度もこうやって片付けようとしたが、その度に挫折してきた。

彼女がいた頃は、多少散らかっていても彼女が気を利かせて片付けてくれた。時々「もう少し片付けなさいよ」と軽く文句を言われることもあったが、それも彼女なりの優しさだったのだと、今になって気づく。彼女がいなくなってから、家の中はどんどん荒れていった。

「あの頃はよかったな……」

ソファに沈み込みながら、彼女との思い出が頭をよぎる。二人で映画を見て、夜遅くまで話していた夜。彼女が作ってくれた料理を一緒に食べた日々。時には何でもないことで笑い合い、何でもないことで喧嘩したこともあった。

そんな日常が、いかに大切なものだったか、今になって痛感する。彼女の存在が、どれほど自分の生活に張りを与えていたのかが、ようやくわかる。しかし、もう彼女はいない。そう思うと、また手が止まる。動けない。

でも、このままではダメだという思いもある。彼女がいなくなってから、ただ自堕落に生きている自分が、許せなくなってきた。何かを変えなければならない——そう感じていたが、それでもどうにも動き出せないのだ。

その日は突然訪れた。ある日、何気なくスマホをいじっていた時、彼女からのメッセージが届いた。

「元気にしてる？」

ただ、それだけだった。特別な言葉も、感情的なメッセージもない。ただ短い一言。でも、その一言が、私の心に火をつけた。彼女が私のことをまだ気にかけている。それが嬉しくもあり、同時に少しの恥ずかしさを感じた。

「元気じゃないけど、なんとかやってるよ」

そう返したあと、少しの沈黙が続いた。その沈黙の間、私は不思議な衝動に駆られた。ソファから立ち上がり、テーブルの上の空き缶を一つ手に取る。手が震えていたが、その震えを抑えるように、缶をゴミ袋に投げ込んだ。

——カラン。

その音が部屋に響く。今までとは違う、何かが変わる音に聞こえた。次の瞬間、私はまた一つ、空き缶を拾い上げる。そして、それもゴミ袋に入れる。最初はぎこちなかった動きが、次第にスムーズになっていく。グラスやペットボトルも片付け始め、テーブルの上は少しずつ綺麗になっていった。

片付けが進むにつれ、心の中にたまっていたモヤモヤが少しずつ晴れていくような感覚があった。彼女からのメッセージをきっかけに、ようやく自分の生活を取り戻そうという気持ちが芽生えたのだ。

すべての缶とグラスを片付け終わると、私はしばらくそのテーブルを見つめた。久しぶりに、何かを達成した感覚があった。小さな一歩だが、それでも大きな変化だ。

その夜、彼女から再びメッセージが届いた。

「少しだけ会わない？」

私は思わず微笑んだ。まだ何も解決していないかもしれない。彼女との関係が元に戻る保証もない。でも、少なくとも今、私の生活に少しだけ光が差し込んでいる。それは、彼女とのつながりが完全に消えていなかったからだ。

「うん、会いたい」

そう返信すると、心が軽くなった気がした。彼女との再会がどうなるかは分からない。でも、今はそれでいい。まずはこの小さな一歩を大事にしながら、少しずつ前に進んでいけばいいのだ。

飲みっぱなしだったグラスや缶を片付けることが、これほどまでに自分の心を整理するきっかけになるとは思っていなかった。自分を見つめ直す時間が、少しだけ持てた気がする。

部屋の中には、まだ片付けなければならないものが山積みだ。だけど、今日はこれでいい。少しずつ、少しずつ、自分の生活を取り戻していこう。

そして、彼女ともう一度、笑い合える日が来ることを願いながら。