感謝の気持ち

感謝の種

感謝の種

静かな夜、窓の外では秋の風が木々を揺らしていた。秋の夜長という言葉がぴったりくる、そんな時間。みさきはベッドに横たわり、スマートフォンの画面をぼんやりと眺めていた。時計の針は1:59を指している。いつもなら、この時間は眠りについているのだが、今夜は何か心に引っかかるものがあり、眠れずにいた。

彼女はふと、娘とのスカイプ通話を思い出した。数時間前、娘から「大丈夫？」と心配するメッセージが届き、その後ビデオ通話が始まった。娘は都会で忙しい仕事をしているのに、わざわざ母親を気にかけてくれる。

「感謝しなきゃな…」

みさきは心の中でつぶやいた。そう、彼女には感謝すべきことがたくさんある。だが、忙しい日常の中で、それを忘れてしまうことが多い。最近、特にそうだ。

息子もそうだ。彼は統合失調症に苦しんでいたが、それでも母親に寄り添おうと努力してくれる。彼の苦しみを知りながらも、自分自身が抱える問題で精一杯のため、みさきは息子に十分な愛を注げていないのではないかと感じていた。

「わたしは毒親だ…」

その言葉が胸に重くのしかかる。みさきは子供たちのために何ができたのだろうか。彼女は、子供たちのお金を必要以上に頼り、彼らの愛や気持ちをないがしろにしてきたと感じていた。それが事実かどうかはわからないが、そう思うこと自体が彼女を苦しめた。

しかし、彼女が過去に犯した過ちにもかかわらず、子供たちはまだそばにいてくれる。これは奇跡のようなことだ。みさきは目を閉じ、深い呼吸をする。子供たちがそばにいてくれること、それ自体が何よりもありがたい。

ふと、部屋の隅に置かれた古いノートパソコンに目を向けた。アルファポリスに投稿している小説のことを思い出す。最近はインセンティブとしてポイントが与えられるようになり、そのポイントは金銭的な価値を持つようになった。みさきは作家として少しでも自立したいと願い、懸命に執筆を続けていたが、結果は思うようには出ていなかった。

「1000ポイントか…1000円」

それは小さな数字に思えた。努力に対して報酬が少ないと感じることもあった。しかし、それは単なる数字に過ぎないことも理解していた。お金は確かに大切だが、それ以上に大切なものがある。

「感謝の気持ちを忘れてはいけない」

みさきは自分にそう言い聞かせる。執筆を通じて、自分の物語が誰かに届いているのだと信じたい。その誰かが、彼女の言葉に触れて、少しでも温かい気持ちになってくれること。それが、みさきにとっての最大の報酬なのかもしれない。

再び目を閉じ、彼女は自分の生活に目を向けた。小さなアパートだが、住む場所がある。冷蔵庫には食べ物があり、体を包む清潔な衣服がある。これらは決して当たり前のことではない。世界のどこかで、これらの基本的なものさえ手に入れることができない人々がいる。

「感謝しなきゃ…」

その思いが、彼女の胸の中で少しずつ広がっていく。日常の些細なことにも感謝する気持ち。それが、みさきの心を軽くしてくれる。今まで、何もかも当たり前だと思っていたが、それは決してそうではなかった。

彼女は涙が出るくらい、心が感動していることに気づいた。感謝の気持ちが、彼女の心を満たしていく。子供たち、住む家、食べるもの、清潔な衣服、すべてが彼女に与えられた贈り物だ。

ふと、みさきは昔、母親から聞いた言葉を思い出した。

「感謝の気持ちを忘れたら、心はさもしくなる」

その言葉の意味が今になってようやく理解できた。感謝の気持ちがなくなると、心は貧しくなり、人は冷たくなってしまう。今、自分の生活が恵まれていることに気づくこと。それが、みさきにとっての大切な教訓だった。

みさきは再び、ベッドの中で静かに目を閉じた。秋の夜風が窓の外を通り過ぎていく音が、心地よく響く。もうすぐ朝がやってくるが、今はこの静かな瞬間に身を委ねたい。

「ありがとう」

その言葉が、みさきの唇から自然とこぼれた。誰に対しての「ありがとう」なのかはわからない。もしかしたら、自分自身に対してかもしれないし、子供たち、そして世界そのものに対してかもしれない。

どちらにせよ、みさきはその一言に込められた意味を、深くかみしめていた。感謝の気持ちを忘れない。それが、彼女にとって一番大切なことだと気づいた夜だった。

翌朝、みさきは少しだけ軽くなった心で目を覚ました。