かあさんのつぶやき

春秋花壇

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48 撒いた種は刈り取るのです

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「入院しますか」

「えええええええええええ」

血液検査、精神科の診察、内科の診察。

内科の主治医は、かあさんの血液検察の結果を見ながら、

眉間に皺を寄せてかあさんの顔を覗き込む。

体重は減ったから、いい感じに思っていたかあさんは

びっくりしてる。

血糖値361。

食事をすると血糖値は高くなり、2~3時間以内に正常値(110mg/dl未満)に戻るのが一般的です。 しかし、血糖値が低下せず長い時間140mg/dl以上の値が続く場合に食後高血糖と判断されます。

正常値の3倍をゆうに上回っている。

HbA1c 9.6

HbA1c(JDS)が5.6%以上、HbA1c(NGSP)が6.0%以上の方は詳しい検査が必要>


もう、お話にならない数値。

これはもう、入院して、インシュリンを毎日、投与しないとだめなレベル。

しかも、かあさんはここのところ、小説の読みすぎなのか

視野狭窄とは別にかすみ目がひどい。

入院は、なんとか免れたのだが、

「眼科にいてください。失明しますよ」


「オイッス!」

俺の名前は、沼田 和俊(ぬまた かずとし)43歳。

無職である。

重度の統合失調症で、毎週、病院に通っている。

母、小宮 富子(こみや とみこ)66歳。

母は、父と離婚した後、別な戸籍になり、

旧姓に戻った。

母もまた重度の精神障害者である。

二人は、子供の頃から幻覚、幻聴に悩まされていた。

( ´•̥ו̥` )


旅客機が無用心にその広いおなかを見せてゆるやかに頭の上を飛んでいる。

じーじー、みーんみーん、かなかな。

せみ時雨が夏の映えて応援歌を奏でている。

そばにある名前を知らない3メートルくらいの木は、

あわただしくその葉を揺らしている。

患者さんたちは、それぞれ好みの帽子をかぶり、

歩きながらスマホをのぞていてる。

平和で豊かな生活は、何こどもなかったかのように

かあさんの血糖値をあざ笑う。

「シュークリームやめられないのよね」

ラジオ体操に行ったごほうびに、

大好きなシュークリームを毎日一つ食べていたという。

糖尿病は死んでも食べたい病気。

自制。

頭ではわかっているはずなのに、

かあさんのお一人様の食生活は

とても残酷な数値をたたき出す。

かあさんが、自分の身を何度も打ちたたく。

自分と仲良くできない。

折り合いをつけられない。

無意識に自虐へといざなわれるのだろう。

看護婦さんが慌てて

「大丈夫ですか」

と、見にくる。

すっくと立ち上がったかあさんは、俺に

「うだうだいってないで、やるっきゃないよね」

にこっと笑うその顔は、いつものとろけそうな仏様のような笑顔。

大好きだよ。かあさん。

NEW炊飯器がニュース違反危機

少し元気になったかあさんだけど、

家に戻って庭を見た途端、

口に手を当て悲鳴を上げそうになる。

大家さんのだんなさんがそこにはいて、

またしてもかあさんの大切に育てている

きれいに咲いている黄花コスモスや

赤いベゴニアの上にパセリや紫蘇の鉢をつみ重ねてあった。

かあさんは何もなかったことにして、何も見なかったことにして、

病院からの荷物を持ってさっさと家の中に入っていった。

夜になって、誰もいないことを確かめて、

積み重ねられた鉢をあっちこっちに移動させている。

かあさんは、ガーデニングを安心してしたいから

山口の田舎に帰りたいとたまにぼやく。

でも、かあさんの生まれた場所は、過疎で無医村で

注意欠陥障害のかあさんは、車を持てないから

田舎には住めない。

「咲いているお花の上にどうして鉢を載せられるのか

すごく不思議なんだけど」

まるで、人間の行いじゃないといわんばかりに

悲しくつらいことみたい。

そりゃあそうかもね。

ガーデナーにとって、一つ一つの植物はわが子と同じ。

鉢を載せて、下の花が折れたりしたら

「てめえら、人間じゃねえ、たたっきってやる」

って思っちゃうのかな。

前はね、かあさんに何かあると俺はおかしくなっていた。

俺とトラブルがあるわけじゃないのに、

その人を大嫌いになったりしていた。

いい気分ではないけど、黙ってみていられるようになったのは、

少しは共依存から回復してるってことなのかな。

東京、猛暑。

もう17時なのに、31度。湿度63パーセント。

何度も何度もバケツに水を入れて、

お花にお水をあげている。

みんなと仲良くできたら嬉しいよね。

かあさん。

あ、そうだ。朝起きて、ラジオ体操に行こうとしたら、

玄関のドアが開かなかったんだって。

力をこめて押し開けると、扉の前に大きなゴミ袋があった。

「開かなくなるのわかっていて、どうしてこんな意地悪ができるんだろう」

ラジオ体操から帰ってきたかあさんは悲しそうにつぶやく。

もう、仲直りは無理なのかな。

こじれた関係は、なかなか元には戻らないのかな。

かあさんは、できるだけのことをしようとしているのにな。

時の短さを知った蝉達はそ知らぬ顔で求愛している。

お日様もぎらぎらとアスファルトを照らし出す。

子供たちだけが、にこやかに楽しげに走り回っている。

かあさんが植えた公園のインパチェンスは

「ああ、もうだめって力尽きようとしている」

みんな生きるのに必死なんだよね。



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