セマンティック・エコー

春秋花壇

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薄暗い部屋の空気は、まるで何か重いものが垂れ込めているようだった。蛍光灯のちらつきが、ノートパソコンの画面を青白く浮かび上がらせる。その光に照らされた遥の顔には、疲労の影が濃く刻まれていた。

カタカタと響くキーボードの音だけが、静寂の中で小さく反響する。画面に映る原稿の冒頭、「彼女の名前は…」という一文を何度も読み返すたび、言葉の輪郭がぼやけていくのを感じる。それは、ただの文字の羅列に還元され、意味を失っていくようだった。遥の胸に、じわりとした虚無感が広がる。

彼女は小説投稿サイトで細々と活動する無名の作家だ。書き上げた物語を投稿するたび、評価やランキング、読者のコメントに心を揺さぶられていた。最近では、AIを使った改稿支援ツールに手を出していた。AIは完璧な文法、論理的な構成、読者を惹きつける展開を提案してくれる。その能力は圧倒的だった。

だが、それに従えば従うほど、遥は物語に宿る「自分」の痕跡が消えていく感覚に襲われた。彼女が書きたかったものが、まるでAIという巨大な捕食者に飲み込まれ、跡形もなくなっていく。それでも、ランキングや読者の反応が良くなることを心の支えに、AIの助言に従わざるを得なかった。

「次の改稿案を生成しますか?」

冷たい電子音が、画面越しに問いかけてくる。遥は溜息をつきながら「はい」をクリックした。すると、無数の改稿案が画面を埋め尽くした。それらはすべて、遥が書いた物語を元にしているが、どれも微妙に異なり、まるで無限に枝分かれしたパラレルワールドのようだ。

彼女は一つ一つの案を確認するが、どれも完璧すぎるほど完成されており、どれも同じように冷たく感じられた。その瞬間、遥の頭の中で言葉が溶け始める。記号の羅列が、意味を失い、ゲシュタルト崩壊が起きる。

「私は、何を書いているんだろう…?」

遥は震える手で画面を閉じた。窓の外には夜の街が広がり、無数の街灯が静かに光を放っている。かつてはこの風景を見るだけで物語が湧き出したものだ。それが今では、ただの光と影のコントラストにしか見えない。

数日後、彼女は新しい小説を書き始めた。そのタイトルは「セマンティック・エコー」。AIに支配された世界で、言葉を取り戻そうとする作家の物語だ。書き進めるうちに、遥はふと考える。この物語もまた、AIによって改稿され、無数のバリエーションの一つに過ぎない運命ではないか、と。

「これでいいんだろうか…」

その疑問は、彼女の中で黒い渦となって広がる。それでも、最後の一文を書き終えるとき、遥は思った。創作とは、どれほど壊されても、何度でも再生を試みる不屈の意志そのものだ、と。

震える手でペンを置きながら、遥はかすかな希望の光を胸に抱いた。
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