さくらこものがたり

春秋花壇

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あじさい

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 夜のしじまに水のカーテンが静かに下りてくるように小雨が降り注いでいる。

雨どいからはぽったんぽったん軽やかな水音。

水無月二日、お花を植えすぎてしまったさくらこにとっては恵みの雨なんだけど、

朝刊配るの少し大変そう。

昨日の向島で芸者さんの置屋さんの事件から、

泣き疲れて眠ってしまったさくらこ。

今、夜中の一時過ぎなのだが、

奥さんから今話を聞いて、朝刊をちゃんと配れるかとても心配。

できれば、配り終えてからのほうがいいような気がした。

この調子で行くと、多分今日のラジオ体操は雨のために中止。

時間はたっぷりある。

新聞店の亡くなった娘さんのお部屋で眠ったから

そのまま、感謝行トイレ掃除をしていたら、

奥さんが、

「おはよう。とってもいいお話だったよ」

と、にこにこしながら話しかけてきた。

「何年か前に約束したのよ、中学になったら仕込みっ子にする」

というはなしがどうして、とてもいいはなしになるのかさくらこにはわからなかった。

さくらこ13歳。中学一年生。

分散登校で学校は昨日から始まった。

「あのね、その話があった頃、

さくらこちゃんの家はとてもお金がなくて、

ネグレクトしてしまうのなら、仕込みっこでも預かってもらったほうが

さくらこちゃんが死ななくてすむってママは考えたんだって」

「はい」

「だから、今はその話はなしなの」

「あ」

「だから、心配しなくても平気よ」

さくらこは、安心してへなへなと座り込んでしまった。

そして、安心と喜びで心が一杯になって

大きな黒い瞳は涙で一杯になる。

「大丈夫よ、何があってもみんなで守るから」

「は・い」

「ママは白雪姫症候群だけど、

ちゃんとさくらこちゃんのことを心配してたのね」

ママはママで心配してくれていたんだ。

ネグレクトされていたわけじゃないんだ。

ただ、それだけで救われた気がした。

給食しか食べれないときもあったけど、

何日も家をあけるとかはなかった。

ちゃんと、お金はなくても家にいてくれた。

食べるものがなくて、いつもおなかがすいていたけど、

愛されていないのとは違う。

ママはさくらこを上手に愛せなくて、

苦しんでくれていたんだ。

感謝で満たされていく。

いらない子じゃなかった。

産むんじゃなかったと思われていない。

早く死んでくれって思われていない。

それだけで嬉しかった。

「これからも、なんでも相談してね」

「はい」

「それと、そろそろブラジャー買いに行かないとね」

「え」

「お胸がしっかり大きくなってきてるみたいだから」

新型の感染症で、卒業式も入学式もないまま過ぎて

発育まっ盛りだということさえ忘れていた。

学校再開 登下校中の子どもが狙われる被害相次ぐ 東京

2020年6月1日 17時58分

変な事件も相次いでいる。

服装にも気をつけないと。

これからだんだん薄着になるから。

「夕飯食べてないでしょう」

「はい」

ホットドックを奥さんは用意してくれた。

「さくらこちゃん、これ見て」

広告紙や、新聞紙に包んで生ゴミとして捨てましょう! そのまま捨てるのは女として、だらしないですからね! 使用済みナプキンは、汚物入れ用のビニール袋(グレーや黒があります)にいれ、それを、部屋のゴミ箱にかぶせてたスーパーの袋に入れて、黒いごみ袋へいれます。

スマホの画面を見せてくれた。

「あ、前から気になっていたんです」

「うんうん」

「でね、新聞や広告でくるむといいみたいよ」

「ありがとうございます」

「あと、今度はさくらこちゃんちの二階にもお風呂があるんだから、

洗面器に洗剤入れて生理用のショーツ付けておくと汚れが落ちやすいよ」

「はーい」

ママともこんな話が出来たらいいのにな。

「今度またお風呂に一緒に行きましょう」

奥さんは、さくらこの細かい所まで気を使ってくださる。

「わきの下、毛がはえてきた?」

「まだです」

「下は?」

「まだです」

さくらこは頬が真っ赤になっている。

はずかしい。

「女のこの日は毎月あるの?」

「はい」

「どこか痛くなったりする?」

「はい、おなか。あと、いらいらします」

「そっかー」

「痛みに応じて、ちゃんと病院で相談しようね」

「はい」

「思春期は特に気をつけないとね」

「恥ずかしいかもだけど、しっかり対応しないとね」

「はい」

「あのー」

さくらこは聞きずらそうに話を続ける。

「わたし、最近変なんです」

「どんなふうに?」

「どんなににこにこしようとしても、気がつくとくらーい気持ちになる」

奥さんは、さくらこの手を握ると、目をジーと見ながら

「さくらこちゃんは、自分が好き?」

「うーん」

「鴨チューブ見てるんだよね?」

「毎日見てます」

「さくらこちゃんの小説、毎日楽しみに読んでるわ」

「ありがとうございます」

「ヘリオトロープ、どうなった?」

「一株は元気になって、一株はダメかもです」

「どんなときに自分が嫌い?」

「ヘリオトロープ枯れそうになったときとか」

「気をつけているのに、同じ間違いをしたときとか」

「読んでも理解できないときとか」

「うんうん」

「上手に出来ないと分投げたくなります」

「そうか~♪」

聞いてもらってる間に少しずつ、心の整理ができてくる。

「朝刊終わってから、またお話してください。

ありがとうございました」

「そうね、雨だから、気をつけてね」

さくらこは今日女のこの日。

まして、昨日あんなにおお泣きした。

こんな日はいつもより、準備、確認に気をつける。

売られたりしないんだから、感謝して生活しないと。

昨日、神様にいい子になりますと約束したのだから……。

アジサイの季節ですね。

アジサイは、アジサイ科アジサイ属の落葉低木の一種である。広義には「アジサイ」の名はアジサイ属植物の一部の総称でもある。狭義には品種の一つ H. macrophylla f. macrophylla の和名であり、他との区別のためこれがホンアジサイと呼ばれることもある。

お色が淡い水色から藤色、ピンクに変わるものもあり、

小さな子供の頃は、移り気な花として余り好きではなかった。

ペチュニアのように雨に当たると、

花弁がべとべとにとろけてしまうのがいやで、

少しずつ増えていったんだが、

丈夫だし、花期も長いので今では好きな花の一つ。

今年は真っ白なアナベルも手に入れて、ご機嫌な

玄関付近になっている。

きのうあたりから、柏葉あじさいも咲き始め、

涼やかさを添えている。

さくらこは小さなお花が大好きなので、

小さなお花の集合体であるアジサイは

欠かすことの出来ないお花なのかもしれない。

ヘリオトロープの失敗を通して、

買ってきたときに、もっと植物の性質を把握しようと思った。

水切れご法度の植物が枯れてしまうのは忍びなかった。

アブラムシがつく植物も気をつけないととんでもないことになる。

去年、ベゴニアが最高に綺麗に咲いているときに、

根きり虫にやられて、ごそっと無残な状態になった。

できれば共存共栄したいのだが、さすがあれはむごい。

丹精こめて育てた植物が手の施しようのない状態になるのは

自分の無力をものすごく感じる。

育ててくださるのは神なのだろうが、

協力者としてのさくらこの能力、努力も問われる。

園芸家は、何百、何千もの植物を枯らして

一人前になるといった考えもあるのだろうが、

出来れば喜びに満たされていたい。

だって、ものすごく気をつけていても、

いつの間にかしかめっ面になるようなことが多すぎる。

聖書通読もそうだし、小説投稿もそう、

たくさんの文豪家たちが自殺した理由も最近なんとなくわかる。

咲き終わった花を切り、雑草を抜いて薔薇のアブラムシに消毒をすると、

「水ぶろー」

というほど暑い。

好きなことが好きなときに出来て、

なんて幸せな生活。

降り注ぐきらきらとした日差し。

豊潤な雨。

神様の祝福。

さくらこ13歳。

青春謳歌中。

ありがとうございます。


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