さくらこものがたり

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
1 / 122

Merry Christmas

しおりを挟む
寒い寒い冬です。

吐く息も真っ白。雨露霜雪(うろそうせつ)

季節はさまざまな顔に変わっていきます。

冬になると色彩が失せ、何もかもが灰色の風景の中に閉じ込められていきます。

少しずつモノトーンに変わっていくのです。

凜とした空気。

冬の妖精たちは乱舞しているのでしょうか。

かけっこしているのでしょうか。

とんがり帽子に、ふわふわのボンボンつけて……。

柔らかな頬をばら色に染めるのでしょうか。

珍しく、ツララさえ軒の下でキラリと輝いています。

雲ひとつない空なのに、今日はとても寒い。

東京の板橋区に一人の少女が住んでいました。

名前をさくらこといいます。

10歳。小学4年生です。

今は冬休みなので、給食はありません。

一日に小さなパン一つ食べられればいいほうです。

彼女のママは拒食症なので娘がおなかがすいていることさえ

気づきません。

ママには空腹感も満腹感もないのです。

そして、ネグレクトされているのです。

でも、彼女はとっても優しい女の子でした。

クリスマス・イヴの晩、ママが男の人を連れてきました。

「さくらこ、ちょっと外で遊んでおいで」

「でも、ママもう6時だよ」

「おまえは、どうしてそうぐずなんだ。

いいから、外に行っておいで」

ママは、男の人とイチャイチャしたいみたいです。

クリスマス・イヴなのに、

ケーキもご馳走も家族の団欒さえもないのです。

さくらこは仕方なく、外に行きました。

外は、ちらちら雪が降り始めました。

初雪です。

さくらこは、前の公園に行きました。

大地は、優しくさくらこを受け入れてくれます。

少しずつ、茶色の土は白くなっていきます。

さくらこは大きく深呼吸をしました。

白い息を掌で受け止めます。

「寒さをしのげるおうちがあってよかった」

周りを見回すとねこさんがいます。

かわいい黒い猫。

「おまえも家を追い出されたの?」

「みゃー」

でも、猫には首輪があります。

さくらこがねこを撫でようとすると、

ねこはおうちに帰って行ってしまいました。

一人ぼっちのクリスマス。

仕方なく、さくらこはお城のようになっている

滑り台のある所に行きました。

ここには、ベンチがあります。

しばらく座って、お歌を歌っていたのですが、

「おなかすいたなー」

「さむいなー」

お尻からペンキのはげかけたベンチの冷たさが

ゆっくりと伝わってきます。

さくらこは、初め公園の木を楽しんでいましたが、

だんだんその木の枝が伸びて、

お化けのように見えてしまいます。

辺りはどんどん暗くなります。

公園の羽衣ジャスミンは小さな白いお花を震わせています。

大地はしっかり、さくらこを受け入れてくれているのですが、

さくらこは、そんな優しい感触を楽しむゆとりもありません。

寒くて、寂しくて、怖くて、悲しくて、ひもじい……。

公園のむこうかわに一軒家が並んでいます。

一つの家で、何部屋かあるような立派な家。

きっと、さくらこの家もこんなだったら、

男の人が来ても、家を追い出されることはなかったでしょう。

別のお部屋に行っていればいいのだから。

さくらこは、ママが大好きです。

女の子は、ママと仲良くすると幸せになれます。

路地に入って、家々の音が外に漏れてきます。

「メリークリスマス」

クラッカーの音がします。

楽し気なクリスマスのLast Christmasの曲が聞こえてきます。

「うわー、おいしそうなクリスマスケーキ」

子供たちのはゃぐ声が聞こえます。

「幸せそうでよかった」

さくらこは呟きながら、白い息をはーと手に吹きかけ、

こすっています。

寒いのです。

手がかじかみます。

足の下から、しんしんと冷たい温度が伝わってきます。

足踏みします。

少しでもあったまるように。

腕も振って、その場で走ってみます。

心まで凍り付いてしまいそうです。

しもやけもできて、かゆいのです。

雪は少しずつ積もってきます。

「ママと一緒にケーキ食べたいな」

さくらこは、涙が出てきました。

「わたしはママを幸せにするために生まれてきた子。

泣いたらだめなの。

負けたらダメなの」

折れそうになる心を奮い立たせます。

マッチ売りの少女もこんな風に心細かったのでしょうか。

さくらこは、少しでも寒くないところを

頭の中で探し始めます。

交番に行ったら、おまわりさんは優しくしてくれるでしょうか。

でも、ママがきっと叱られてしまいますね。

コンビニはどうでしょうか。

少しの時間なら、オーケーかもしれません。

さくらこは、ファミリーマートに行きました。

8時です。

お菓子を見たり、アイスクリームのケースを覗いたり、

ケーキの箱を見たり、

漫画の棚を見て楽しんだり、

寒くないし、明るいし……。

9時になりました。

一つのお店に長くいると、

ママが叱られてしまいます。

さくらこは、マイバスケットのお店に行きました。

ここには、たくさんのお野菜や果物が並んでいます。

「ちゃんと買ってもらえるといいわね

売れ残りは悲しいもの」

お肉の棚には、おいしそうな鶏のもも肉が並んでいます。

だって、今日はクリスマスイヴだから。

10時になりました。

「そうだ、教会にいこう」

さくらこは、いったん家に戻りました。

「あら、帰ってきたの」

ママは、迷惑そうな顔。

「うん、すぐ出かけるよ、

教会に行ってきます」

ママは、さくらこにマフラーをまいてくれました。

毛糸の帽子もかぶせてくれました。

さくらこの大好きな色、淡いサーモンピンクです。

「ありがとう。ママだいすき」

ママは優しく、ハグしてくれました。

「気を付けて行ってらっしゃい」

さくらこは自転車に乗ります。

無事に東京カテドラル聖マリア大聖堂にたどり着けるでしょうか。

川越街道をまっすぐ池袋に向かいます。

肩を寄せ合う恋人たちがいます。

ぐずっているのでしょうか。

赤ちゃんを抱っこしたお母さんが、

一生懸命、何か話しかけています。

ケーキを買って急いで家路を急ぐ人もいます。

みんな忙しそう。

10時近くなりました。

子供が外にいていい時間ではありません。

「神様、職質受けませんように。

ママがおまわりさんに叱られてしまいます」

無灯火だと呼び止められるので、

ちゃんと確かめます。

さくらこは、ママが大好きだからです。

ママが巻いてくれたマフラーが温かい。

ママがかぶせてくれた帽子が

耳まで保護してくれて、柔らかい。

「ママ、ありがとう」

さくらこは、一生懸命自転車をこぎます。

無事に池袋駅に到着。

ここから、関口に向かいます。

本当は、もっと近い行き方が

あるのかもしれないけど、

知らないのです。

やっと、たどり着きました。

聖母マリアに捧げられた聖堂にふさわしく、

岩場の水面に舞い降りて来た銀色の白鳥が

羽根を震わせているかのようなイメージを演出している。

結婚のための勉強会も行われている。

ごミサはすで終わってるようです。

イエス様が、両手を広げて

「おいで」

といってくださってるように思えた。

中に入ると、椅子に座って

お祈りを始めます。

「神様、ママがどうか幸せになりますように」

中にまだ残っている人たちは

小声でおしゃべりを楽しんだり、

神父様とお話をしたり、

お祈りをしたりしています。

楽しそうですね。

だって、今日は素敵なクリスマス・イヴですもの。


神様、わたしにお与えください。

自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを。

変えられるものは変えていく勇気を

そして、二つのものを見分ける賢さを


読んでくださって有難うございます。








 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

処理中です...