春秋花壇

白露

「白露」

白露の朝、庭先に広がる草花は、まるで宝石を纏ったように輝いていた。葉先に宿った露は、夜の冷え込みが作り出した自然の芸術だ。日が昇るにつれて、露は静かに消えていく。それはまるで、夢が覚める瞬間を見ているようで、少しだけ切なく感じた。

今年の白露は9月7日。二十四節気の一つで、季節の移り変わりを実感させる節気だ。朝晩の涼しさが心地よく、空気は透明感を増していく。この時期になると、母は決まって庭の手入れを始める。まるで白露を迎える準備をするかのように、一つ一つ丁寧に草花を整え、露が映える美しい庭を作り上げるのだ。

「白露の日に、庭の草花が一番綺麗に見えるのよ」

母がそう言ったのは、私がまだ小学生の頃だった。母の言葉通り、その朝の庭は格別だった。白露の露が草花にまとわりつき、陽の光に照らされて輝く様子は、まるで小さな宝石を散りばめたかのようだった。母はその光景を見て、何度も頷きながら微笑んでいた。

私は、そんな母の姿を見ながら、白露という季節に特別な意味を感じるようになった。季節の移ろいを感じる瞬間、そのひとときを大切にすること。その思い出は、今でも私の心に深く刻まれている。

今年もまた、白露の朝を迎えた。庭には母が植えた草花が残っているが、手入れをする母の姿はもうない。三年前に母を亡くしてから、私は一度も庭に手を入れていなかった。母の手が作り出した庭は、そのまま時の流れに任せて荒れてしまっていた。

しかし、この白露の日だけは、どうしても庭に出たくなった。母が大切にしていたこの庭を、もう一度輝かせたいと思ったからだ。草花は手入れされずに雑草が混じり、どこか寂しげに見えた。それでも、葉先には小さな露が光り、母の愛情がまだここにあるかのように感じられた。

「母さん、今年も白露だよ」

心の中でそう呟きながら、私は母の代わりに草花に手を入れることにした。荒れた庭を整え、露を集めるように一つ一つの葉を見ていく。まるで、母と一緒に庭を手入れしているような感覚だった。手を動かすたびに、母の温もりが伝わってくるような気がした。

手入れが終わった庭は、少しだけ母が作り上げた美しさを取り戻していた。露は朝陽に照らされ、再び小さな輝きを放ち始めた。その光景は、まるで母が見守っているかのようで、私は一瞬、涙がこぼれそうになった。

「これが、白露の朝なんだね」

母が愛したこの季節。彼女の手が作り出したこの庭は、今も変わらず美しい。露が消えるまでのわずかな時間、その儚さが一層、この瞬間を貴重に感じさせてくれる。私はただ、静かにその光景を見つめ、心の中で母と会話をするように一人呟いた。

季節はまた巡る。そして白露の朝、私は再びこの庭に立ち、母の記憶と共に過ごすだろう。露が消える前に、その美しさを忘れないように、心に深く刻みながら。母の愛情が残る庭で、私は季節の移ろいを感じる。

白露の朝のひんやりとした空気が、私の頬に優しく触れる。それは、まるで母の手のような温かさだった。