春秋花壇

台風第10号の猛威

台風第10号の猛威

29日15時、台風第10号が長崎県雲仙市付近に迫っていた。台風の目が進む速度は時速15キロで、まるでゆっくりと忍び寄る獣のように北へと向かっている。その中心気圧は980ヘクトパスカル。最大風速は30メートル、最大瞬間風速は45メートルに達し、中心から半径数百メートルにわたる強風域を作り出していた。

街の人々は不安と恐怖に包まれていた。多くの者が家に閉じこもり、窓を厳重に閉じ、雨戸をしっかりと締めて台風の襲来に備えていた。電柱が揺れ、樹木が激しく揺れるたびに、街のあちこちで不気味な音が響いた。台風の強烈な風が、瓦屋根や看板、ゴミ箱など、軽いものを次々と吹き飛ばしていく。

街の中心部に住む田中家も例外ではなかった。田中一家は台風が迫る前日から、準備を進めていた。父の大介は、家の周りにある物を全て家の中に入れ、さらに砂袋を玄関前に積み上げて、水害に備えていた。

「台風はどんどん強くなっているようだ。気をつけろよ、特に窓には絶対近づくな」と大介は家族に言い聞かせた。

「分かったよ、お父さん」と、12歳の娘、明美が答える。彼女は不安そうに窓の外を見つめていた。

母の恵子もその様子を見て、優しく微笑みながら言った。「心配しないで、大丈夫よ。お父さんがちゃんと準備してくれてるから。」

外では、雨が横殴りに降り続け、風が唸りを上げていた。電線が揺れ、遠くからは物が壊れる音も聞こえてくる。テレビのニュースは、台風の進路予測を報道し続けている。

15時半頃、台風の中心がさらに接近してきた。突然、街全体が強い振動に襲われた。地面が揺れ、家がきしむ音が聞こえる。電灯が一瞬、ちらついた後、バツンという音とともに消えた。停電だ。

「停電だ！懐中電灯を探して！」大介が声を上げる。恵子はすぐにキッチンの引き出しから懐中電灯を取り出し、家族に明かりを灯した。暗闇の中、家族の顔は不安でいっぱいだったが、大介は冷静さを保っていた。

「明美、大丈夫か？」彼は娘に尋ねた。

「うん、大丈夫だよ、お父さん…」明美は少し震える声で答えたが、その目には少しの勇気が宿っていた。

突然、ガラスが割れる音が響いた。リビングルームの窓ガラスが風圧で破れたのだ。強烈な風と共に雨が部屋の中に吹き込んでくる。明美は叫び声を上げ、恵子はすぐに彼女を抱きしめた。大介は急いで破れた窓をビニールシートで覆い、雨が入るのを防ごうとしたが、風の力は予想以上に強かった。

「落ち着け、落ち着け！私たちは安全な場所にいるんだ。」大介は家族を励ました。

その時、外から大きな音が聞こえた。隣の家の屋根が飛ばされ、瓦がバラバラと落ちる音だ。風はますます強くなり、家全体が揺れているように感じられた。

暗闇の中、家族は不安に苛まれながらも、互いに寄り添って時間を過ごした。台風はいつまで続くのか、どれだけの被害が出るのか、誰にもわからない。明美は母の腕の中で、かすかに震えながらも、一つのことを考えていた。

「私たちは、なぜ自然の力にこんなに無力なんだろう…。」

風の音と共に、彼女の心にも不安の影が広がっていた。しかし、その時、父の大介の声が再び響いた。

「この台風が過ぎれば、また新しい日が来る。私たちはそれを信じて、耐え抜くしかないんだ。」

その言葉に、明美は少しだけ安心したように感じた。家族の団結と信頼の力が、台風の猛威を乗り越える力となる。彼女は強くそう思った。

台風第10号は、家々を揺らし、街を荒らし回りながらも、次第に北へと進んでいった。嵐の夜が明ける頃には、街は大きな爪痕を残しながらも、新しい一日を迎える準備をしていた。

明美はその朝、窓から外を見た。街は破壊され、瓦礫の山となっていたが、人々が再び立ち上がり、助け合いながら復興に向かって動き始めていた。

「お父さん、私たちも何かできることをしようよ」と明美は言った。

大介は微笑みながら頷いた。「そうだな、これからが大事だ。」

自然の猛威に打ち勝つためには、互いの支え合いと前を向く力が必要だ。家族の絆と勇気が、その小さな一歩となるのだろう。