春秋花壇

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晩夏の影

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晩夏の影
夏が終わりを迎えようとしている。蝉しぐれがどこか遠くに消え、ひぐらしの声が風に乗って耳に届く。街の中で感じる季節の変わり目は、妙に不安定な心持ちを誘う。そんな晩夏の夜、私、佐藤玲奈は一人の女性を尾行していた。

彼女の名前は川村真理子。表向きは有名なジャーナリストで、冷静かつ鋭い文章で多くの読者を魅了している。しかし、裏の顔は違った。私が所属する探偵事務所に依頼があったのは、彼女が「真実を追求するジャーナリスト」としての仮面を被りながら、実際には数々の犯罪に手を染めているという情報からだった。依頼主の名前は明かされなかったが、大物であることは間違いない。

真理子が不穏な動きを始めたのは、一週間前のことだった。夜遅く、彼女は普段の仕事とはまったく関係のない場所に現れるようになった。それも決まって、隠れるように黒いスーツを纏い、タクシーで移動する。私はその動向を逐一記録し、彼女の目的を探るべく追いかけていた。

今夜も、彼女はタクシーに乗り込むと、郊外にある廃工場へと向かった。この場所は、かつて栄えていた工業地帯にあったものだが、今では完全に忘れ去られ、無人となっていた。薄暗い中、真理子は車を降り、何かを手に持ち、工場の中へと消えていった。

私は、足音を立てないよう慎重に彼女を追った。廃工場の中は、長い年月が経過したためか、崩れかけたコンクリートや散乱したガラス片で荒れていた。真理子の姿は、中央にある一際大きな部屋の中で見失った。私は慎重に近づき、物陰から彼女の様子をうかがった。

彼女が何かをしている…私はそう思って、暗闇の中から目を凝らした。彼女の手にあったのは、古びた封筒だった。それを開くと、中からいくつかの写真と書類が出てきた。写真に写っていたのは、明らかに不審な人物たちだ。ある者は政府関係者のような服装をし、別の者は明らかに犯罪者風の風貌をしている。

彼女はその写真を一枚ずつ確認しながら、何かを口にした。私はその言葉を聞き取ろうと、もう少し近づいた。

「もう少しだ。これで最後の証拠が揃う…」

その声は低く、決意に満ちていた。私は、彼女がこの情報をどこかに持ち出すつもりだと察した。おそらく、大きなスクープとして世間に公表するつもりなのだろう。しかし、私には疑念があった。彼女がどれほどの危険を冒してまで、この情報を集めたのか、そしてその背後にある陰謀は何なのか。

その瞬間、廃工場の入口の方から物音がした。私は驚き、真理子の反応を伺った。彼女も同様に驚いた様子で、一瞬動きを止めた。暗闇の中から複数の男たちが現れた。彼らは真理子の存在に気付くと、無言のまま彼女に向かって歩み寄った。

「誰だ…」

真理子の声には、明らかに恐怖が混じっていた。男たちは答えず、ただ彼女を取り囲んだ。一人の男が、冷たい声で言った。

「お前には、これ以上嗅ぎまわらないでもらう。」

その言葉と同時に、男たちは真理子に襲いかかろうとした。私は反射的に飛び出し、彼女を守るために動いた。自分でも何をしているのか分からなかったが、目の前で彼女が危険に晒されるのを見過ごすことができなかった。

私が男たちに飛びかかると、彼らは一瞬戸惑った。しかし、すぐに私を押し倒そうとした。私は懸命に抵抗し、真理子を守るべく奮闘したが、圧倒的な力の差に押しつぶされそうになった。

「逃げて!」

私は真理子に叫んだが、彼女は立ちすくんでいた。男たちが私を押さえつける中、真理子はついに動き出した。彼女は自分の持っていた封筒を床に投げ捨て、工場の出口に向かって走り出した。私は何とか男たちの拘束から逃れようと必死になったが、その時、鋭い痛みが背中を貫いた。

「ぐっ…」

私はその場に倒れ込み、視界がぼやけ始めた。真理子の姿は、出口の方へと消えていった。男たちは私を見下ろし、冷笑を浮かべていた。

「お前が何者か知らないが、余計なことをしたな。」

私はその言葉を最後に意識を失いかけたが、どこかで真理子の叫び声が聞こえたような気がした。しかし、すぐに全てが暗闇に包まれ、意識は途絶えた。

気がついた時、私は病院のベッドに横たわっていた。傍らには、警察官が立っていた。事件の詳細を聞かれるが、私はぼんやりとした意識の中で、真理子のことを思い出していた。彼女は無事に逃げられたのだろうか。私がしたことは、彼女の助けになったのだろうか。

その疑問が頭を離れなかったが、答えを得ることはできなかった。季節はもう、秋へと移ろうとしていた。晩夏の夜の出来事は、私の記憶の中で深く刻まれることとなった。









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