春秋花壇

心が不自由な人

心が不自由な人

田中一郎は、心に不自由を抱えた男だった。幼い頃から、感情をうまく表現することができず、友人も少なかった。両親は優しく接してくれたが、一郎の心の奥にはいつも孤独があった。

大学を卒業し、田中は小さな町工場で働き始めた。機械の修理やメンテナンスを担当する仕事だったが、同僚とのコミュニケーションが苦手な彼は、いつも一人で作業していた。それでも、機械いじりが好きだった田中は、その仕事に満足していた。

ある日、工場に新しい事務員として、山田彩子がやってきた。彩子は明るく、誰に対しても優しい女性だった。彼女の笑顔は、工場の暗い雰囲気を一変させた。田中も例外ではなかった。彼は、彩子の存在に次第に心を動かされるようになった。

しかし、田中は自分の感情をどう表現すればいいのか分からなかった。彼は、彩子に話しかけることができず、ただ遠くから見つめるだけだった。そんなある日、彩子が突然田中に話しかけてきた。

「田中さん、いつも一人でお昼を食べてますよね。よかったら、私と一緒に食べませんか？」

驚いた田中は、しばらく言葉が出なかった。やっとの思いで「はい」と答えた。二人は工場の片隅にある小さな食堂で昼食を共にした。彩子は田中に、色々な話をしてくれた。彼女の声は心地よく、田中は久しぶりに心が温かくなるのを感じた。

それからというもの、二人は毎日昼食を共にするようになった。田中は少しずつ、彩子に自分のことを話すようになった。彩子も、田中の話に耳を傾け、笑顔で応えてくれた。田中の心は、次第に開かれていった。

ある日、彩子が田中に言った。「田中さん、あなたの心はとても優しいんですね。私は、あなたと話しているととても安心します。」

その言葉に、田中は驚いた。自分が誰かの心を安心させることができるなんて、思いもしなかった。彼は、自分に自信を持つことができるようになった。

やがて、田中は彩子に恋心を抱くようになった。しかし、彼はその感情をどう伝えればいいのか分からなかった。悩んだ末に、彼は手紙を書くことにした。

「彩子さん、いつもありがとう。あなたのおかげで、私は少しずつ変わることができました。もしよかったら、これからも一緒にいてください。」

手紙を渡した後、田中は心臓がドキドキと音を立てるのを感じた。彩子は手紙を受け取り、静かに読み終えた。そして、優しい笑顔で田中に言った。

「田中さん、私もあなたと一緒にいたいです。これからも、よろしくお願いします。」

その言葉に、田中の心は温かさに包まれた。彼は、心の不自由さを克服し、初めての恋を手に入れたのだった。