悪役令嬢ですが、何か?

IF

飲める水

飲める水

時は18世紀の終わり、フランス。マリー・アントワネットがヴェルサイユ宮殿に住んでいた頃、彼女の周囲の豪華な生活と、貧しい民衆の苦しみとの対比はますます鮮明になっていた。しかし、宮殿内でも、かつては当たり前だったことが徐々に不安を呼び起こし始めていた。それは、見えない形で人々に危機をもたらしていた「水」に関する問題だった。

宮殿内の水道は、広大な庭園や豪華な施設を支えるために作られていたが、何年も経つうちにその水の供給に問題が生じていた。水源が枯渇し、近隣の川の水質も次第に悪化していたのだ。しかし、宮殿内の人々はそのことにあまり気づかず、何もかもが煌びやかな日常として続いているように見えた。

ある日、マリー・アントワネットは庭園を散歩している最中、ひときわ美しい池のほとりに座り、周りの静けさに包まれていた。だが、何気なく池の水面を見ていると、ふとした疑問が頭をよぎった。

「この水、どうしてこんなに澄んでいるのだろう？」

宮殿の者たちは水源を大切に扱っていたが、その水が果たして本当に安全なのか、誰も確認しなかった。それに気づいたのは、宮殿内の料理長を務めるジャン＝バティストだった。彼は長年、宮殿で働いていたが、最近、水の味が変わったことに気づき始めていた。最初は気のせいだと思ったが、次第に水が濁り、薬品のような味が感じられるようになった。

「もし、この水に何かが混ざっているなら…」ジャン＝バティストはその疑念を抱えつつ、マリー・アントワネットに告げるべきかどうか迷っていた。しかし、ある晩、厨房で水を使う度に吐き気を催し、目まいがするようになった。彼はついに決断した。宮殿内の水が毒を含んでいるかもしれないことを、マリー・アントワネットに伝えなければならない。

翌日、ジャン＝バティストは宮殿の内務担当官、ルイ・フィリップに報告をし、状況を調査するように依頼した。彼はまだ警戒心を抱いていたが、フィリップはあまり深刻に受け止めなかった。しかし、調査を開始した結果、川の水に含まれていた化学物質や汚染物質が、少しずつ宮殿に流れ込んでいることが明らかになった。

「どうしてこんなことになってしまったのか…」フィリップは愕然とし、ジャン＝バティストと共に宮殿内の水源を一つ一つ調べ始めた。

一方、マリー・アントワネットはその報告を受けて、ただちに行動を起こすことを決意した。彼女は即座に宮殿の水源をすべて遮断し、より安全な水源を確保する手配をした。だが、すでに遅すぎたのかもしれなかった。

しばらくして、宮殿内で健康を害する者が続出した。特に、長年使用していた井戸水を飲んでいた者たちは、下痢や嘔吐、そして激しい頭痛に悩まされていた。宮殿内の医師たちは急遽治療を行い、早期に発症した者たちはなんとか命を取り留めることができたが、全ての原因は「水」にあった。

「これが本当の危機というものか…」マリー・アントワネットはその事実を前にして、初めて自分の無力さを痛感した。あまりにも無関心であった自分を責め、できる限りの手を尽くした。

宮殿内では一時的に水が確保されるも、その後も水源の汚染問題は続き、国中の多くの人々が同様の危険にさらされていた。水源が汚染されることによって、民衆は一層困窮し、命を落とす者が増えていった。飲み水が確保できないというのは、どれほどの苦しみをもたらすのか、マリー・アントワネットはようやく理解した。

しかし、彼女が行動を起こしてから数年後、フランス革命が勃発し、宮殿に住む者たちの運命も大きく変わった。水の問題に関心を持ったのは遅すぎたが、もしそれが早い段階で取り組まれていれば、もっと多くの命が救われたかもしれないという思いが、マリー・アントワネットの心に重くのしかかった。

この出来事は、単なる一国の王妃の苦悩を超えて、世界中の水問題を考えさせるきっかけとなった。今日、私たちはその教訓を忘れずに、水の大切さとそれを守るための努力を続けていかなければならない。それは、私たちの命を守るためだけでなく、未来を生きる子どもたちのためにも、何よりも大切なことなのだ。