悪役令嬢ですが、何か?

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隠された肖像

隠された肖像

壮麗なバロック様式と、典雅で軽快なロココ様式に彩られたヴェルサイユ宮殿。

庭園に朝霧が立ち込める。ヴェルサイユ宮殿の壮麗な姿は、その淡い霧の中にぼんやりと映える。プティ・トリアノン、その一角にある小さな宮殿に、ひとりの女性が立っていた。マリー・アントワネット、フランスの若き王妃である。

彼女は今日も朝早く起きて、心を静めるためにこの庭園を歩く習慣を持っていた。華麗なドレスの裾が、柔らかな朝露に濡れていく。宮殿内では、彼女の思いつきによる新たなインテリアの変更や、贅沢な装飾品の調達が今日も命じられている。だが、その背後にあるものは知られていない。誰もが美しく気まぐれな彼女の一面しか見ていない。

その内面では、常に激しい葛藤と不安に苛まれていた。マリー・アントワネットは幼い頃から周囲の期待と視線の中で育ち、自らの価値を他者の評価に求めていた。彼女は常に周囲の目を意識し、その期待に応えるために、美しく見せること、完璧であることを追求した。その結果、豪奢な衣装や華やかなヘアスタイルに執着するようになった。だが、それは彼女が本当に求めていたものではなかった。

「私は誰かのためにしか存在できないのかしら…」

彼女の内面はいつも、そんな問いで満たされていた。特に彼女がADHDの兆候を持っていたことは、周囲に理解されることはなかった。集中力を欠き、ひとつのことに注意を向けることが難しかった彼女は、しばしば突発的な行動に出ることが多かった。それはしばしば無駄遣いや無計画な宴会の開催などと非難されたが、彼女にとっては、心の静けさを取り戻すための無意識の行動でもあった。

プティ・トリアノンは、彼女が唯一、自分自身を解放できる場所であった。この小さな宮殿の中では、彼女は王妃としての立場を忘れ、一人の女性として過ごすことができた。ここでは、豪華なドレスも複雑なかつらも必要なかった。彼女は時折、庭師や使用人たちと親しく話し、素朴な暮らしを楽しむこともあった。まるで庶民のように振る舞うその姿は、宮廷内で「奇妙なこと」と噂されたが、それも彼女にとっては些細なことだった。

その日も彼女は、プティ・トリアノンの庭で一人静かに考えていた。風が吹くたびに、木々の葉がささやき合う音が聞こえる。彼女はその音に耳を傾けながら、自分自身の心の中に問いかけた。

「私が本当に欲しいのは、自由なのだろうか。それとも…」

彼女の心の奥底には、常に「ありのままの自分」を受け入れられないという不安があった。彼女は、自分が不完全であることを認めたくなかった。それゆえに、外側を飾り立てることで、その不安を隠そうとしていたのかもしれない。

「もしも、私がこの美しいドレスも宝石も捨て去って、ただの一人の女性として生きられたら…」

そんな夢想が、彼女の頭の中を駆け巡った。その時、彼女の前に現れたのは、庭師のジャンだった。彼は彼女に向かって笑顔を浮かべ、簡単な挨拶を交わした。

「おはようございます、王妃様。今日も美しい朝ですね」

その言葉に、彼女は少しだけ微笑んだ。ジャンの素朴な言葉と仕草に、彼女はほんの一瞬だけだが、心の重荷が軽くなるのを感じた。

「ええ、そうね。美しい朝だわ」

彼女はそう言って、再び歩き始めた。プティ・トリアノンの庭園は、彼女にとって唯一の解放の場であり、また同時に、ありのままの自分を見つめ直すための場所でもあった。

彼女が探し求めていたのは、実は贅沢や権力ではなく、「自分自身」としての自由だったのだろう。その自由を手に入れるために、彼女はこれからも葛藤し続けるだろう。宮廷の豪華な生活が続く限り、その内面の葛藤もまた、永遠に続くものなのかもしれない。