幸せな結婚ができる人 短編集

春秋花壇

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白百合の誓い

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白百合の誓い

中世ヨーロッパ、13世紀の終わり頃。フランス北部の小さな伯爵領、サン・マルタン。緑豊かな丘陵地帯に佇む古城で、伯爵令嬢イザベルは刺繍に勤しんでいた。窓から差し込む陽光が、彼女の艶やかな黒髪と、真剣な横顔を照らしている。

イザベルは、その美貌と聡明さで周囲の賞賛を集めていたが、同時に、強い意志と独立心を持つ女性だった。当時の女性としては珍しく、書物を読み、政治や経済にも関心を持っていた。

彼女には婚約者がいた。近隣の有力貴族、フィリップ伯爵。彼は勇敢で名誉を重んじる騎士であり、イザベルの美しさに惹かれていた。しかし、彼は伝統的な価値観の持ち主で、女性は家庭を守り、夫に従うべきだと考えていた。

ある日、フィリップはイザベルに、結婚後の生活について語った。

「イザベル、結婚したら、城の管理や家事を任せたい。領地の運営にも助言を求めたいが、最終的な決定は私が行う。それが、貴族の妻としての務めだ」

イザベルは静かに答えた。

「フィリップ、私はあなたの妻となることを光栄に思っています。しかし、私はただの飾りではありません。私には私自身の考えがあり、やりたいことがあります。それを尊重してほしいのです」

フィリップは眉をひそめた。彼は、イザベルの言葉に戸惑いを隠せない。彼はイザベルを愛しているが、彼女の独立心は、彼の考える「良き妻」のイメージとは異なっていた。

結婚の準備が進むにつれ、二人の間には微妙な溝が生まれていった。フィリップはイザベルを自分の理想に当てはめようとし、イザベルは彼の期待に応えようとしながらも、自分の心を押し殺すことに苦しんでいた。

結婚式の数日前、イザベルは庭園で一人、物思いに耽っていた。白い百合の花が咲き乱れる庭で、彼女は自分の気持ちを見つめ直していた。

そこに、フィリップがやってきた。彼はイザベルの隣に腰を下ろし、静かに言った。

「イザベル、私はお前を愛している。だからこそ、お前を失いたくない。しかし…」

彼は言葉を詰まらせた。そして、意を決したように続けた。

「しかし、お前を自分の思い通りにしようとしていた。それは間違いだった。お前は、俺の所有物ではない。独立した一人の人間だ。そのことを、ようやく理解できた」

イザベルは驚き、そして安堵の表情を浮かべた。彼女はフィリップの手を取り、言った。

「フィリップ、ありがとう。私も、あなたを愛しています。そして、あなたと、ありのままの私でいたいのです」

結婚式の日、イザベルは白いヴェールを纏い、祭壇へと向かった。フィリップは、以前とは違う、優しく温かい眼差しで彼女を見つめていた。

祭壇の前で、二人は永遠の愛を誓い合った。司祭の祝福を受け、フィリップはイザベルに口づけをした。それは、互いの個性を尊重し、共に成長していくという、新たな誓いのキスだった。

結婚後、二人の生活は、決して平坦ではなかった。意見の食い違いや、価値観の違いから、衝突することもあった。しかし、二人は常に、相手を思い通りにしようとせず、対話を重ね、互いを理解しようと努めた。

イザベルは、城の管理や家事に加え、領地の運営にも積極的に関わるようになった。彼女の聡明さは、領民からの信頼を集め、領地の発展に大きく貢献した。フィリップも、イザベルの活躍を誇りに思い、彼女の意見を尊重するようになった。

ある夜、書斎で共に書物を読んでいた二人は、ふと顔を見合わせた。

「あの時、あなたが私を思い通りにしようとしていたら…」

イザベルが言いかけると、フィリップは優しく遮った。

「そうだな。もしそうだったら、今の私たちはなかっただろう。お前と出会えたこと、そして、ありのままのお前を愛せるようになったこと。それは、俺にとって、人生で最も幸運なことだ」

イザベルは微笑み、フィリップの手を握った。二人の間には、言葉では言い表せないほどの深い絆が生まれていた。それは、互いを尊重し、共に歩んできたからこそ築き上げられた、真の愛の絆だった。
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