老人

ありがとう、また来年ね

ありがとう、また来年ね

「ありがとう、また来年ね。」扇風機を掃除し、袋をかけて押し入れにしまう。この言葉を心の中でつぶやきながら、私は扇風機を丁寧に拭いていった。毎年、夏が終わると、私の部屋に飾られた扇風機をしまう作業が待っている。その作業は、まるで一つの儀式のように感じることもあれば、ただのルーチンとしてやってしまうこともある。

でも、今年は違った。やり終えた後の達成感が、ふわりとした満足感を残してくれる。あの扇風機が来年まで見えなくなるという事実が、どこか少し寂しい気持ちをもたらすと同時に、今年の夏を無事に乗り越えた証のような気もして、なんだか嬉しくもあった。

「また来年ね。」と言いながら、私は扇風機に手を添え、袋の口を閉じる。何度も繰り返してきたこの行動が、何年かぶりに「当たり前のこと」としてできることが、私にはとても大きな意味を持っていた。

私は、注意欠陥多動性障害（ADHD）という診断を受けてから、何度も何度も「当たり前のこと」をできない自分に対して苦しんできた。物を片付ける、決まった時間に寝る、食事の準備をする、毎日の掃除――これらは、定型発達の人々にとってはあまりにも簡単で、考えずにできることだろう。でも、私にとっては、いつもその「当たり前」ができなかった。

学生時代、私はよく忘れ物をしていた。提出期限を守れなかったり、必要な道具を忘れたり、授業中にぼーっとしていることが多かった。クラスメートがスムーズに課題をこなしていくのを見て、私はいつも焦りと恥ずかしさを感じていた。「どうして私はこんなこともできないんだろう」と自問自答しても、答えは見つからない。周りの人たちは、私が遅れることを不思議に思い、時には冷たい視線を向けてきた。

大人になってからも、仕事でのミスや失敗が重なり、社会のペースについていけずに辛い時期が続いた。周りがスムーズに進んでいる中で、私はいつも遅れをとっているような感覚に苛まれた。タスクを終わらせるのにかかる時間、集中力を維持する難しさ、忘れ物をしたときの後ろめたさ――それが私の日常だった。

だけど、最近は少しずつ変わってきた。それでもまだ、時々自分が普通でないと感じる瞬間があるけれど、「できる」ことが増えてきたのだ。

「ありがとう、また来年ね。」扇風機を片付け終わった私は、その言葉を心の中で何度も繰り返した。これは私にとって、小さな成功なのだ。かつては、こんな簡単なこともできなかった。扇風機を片付けるために、何度も何度も途中で手を止めていた。何か別のことを思いついて、すぐに他の部屋に行ってしまったり、掃除をしているうちに「もういいや」と思って放り出したり。でも、今年は違った。

袋をかけて、押し入れにしまい終わるまで、他のことに気を取られることなく、終わらせることができた。それだけのことなのに、その達成感は格別だった。

私は定型発達の人たちには分からないかもしれないけれど、この小さな成功がどれほど大きな意味を持つかを、少なくとも自分は理解している。それは、私にとってはどんな大きな成果よりも価値のあることだ。

家の中を見渡すと、片付けられたテーブル、整理された本棚、整ったキッチンが目に入る。普段ならば、すぐに散らかってしまう場所だ。だけど今日は、ちゃんと片付けられた。数ヶ月前の私なら、ここまでたどり着くことはできなかっただろう。

最近、私は少しずつ自分に対する期待を減らすようにしている。「普通でなくても、いいんだ」という思いを大切にしている。定型発達の人たちに比べて、私は「できない」ことが多い。時には、それができる人たちの行動や習慣に対して羨ましさを感じることもある。でも、私は私のペースで進んでいけばいいのだ。

少しずつ、当たり前のことができる幸せに気づくことができた。それは私にとって、どんな大きな成果よりも誇りに思えることだ。

「ありがとう、また来年ね。」扇風機をしまった後、私はリビングに戻り、ソファに座った。窓からは秋の風が吹き込み、涼しさを感じる。何気ない日常の中で、私はほんの少しだけ、幸せを感じていた。

そして、私は自分に静かに言った。「できたよ、今年も。」