老人

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
379 / 436

モノトーンの街に色を添えて

しおりを挟む
「モノトーンの街に色を添えて」

東京の冬は冷たい。朝から気温は4℃。湿度は56%。まるで街全体が冷たいモノトーンのフィルターに包まれているようだ。葉を落としきれなかった木々の枝に木枯らしが吹き付け、最後の一枚まで吹き飛ばそうとしている。落ち葉は吹き溜まりでカサカサと音を立てながら踊っている。その音が、どこか寂しげな街の風景に拍車をかけている。

私は郵便局へ向かって歩いていた。財布にはわずかな小銭しか残っておらず、今日中にお金を下ろさなければ生活費が危うい。それなのに、花屋の前を通ると足が止まってしまう。店先には寒さの中で凛と咲くスイートピーやポインセチアが並んでいる。その色合いが、灰色の街の中で異彩を放ち、私を惹きつける。

「今日はやめておこう」と毎回思う。でも、結局は店に入ってしまう。お花を見ながら、店員さんと何気ない会話を交わすのが好きだった。寂しさを紛らわすために、ほんの数分でも誰かと話したいのだ。だから、今日も私はスイートピーの小さな束を手に取り、レジへ向かう。

「寒いですねぇ。でもお花があると気持ちが少し明るくなりますよね。」
店員さんの笑顔は、飾らない優しさに満ちている。

「そうですね。いつも元気をもらっています。」と返事をしながら、ふと自分に問いかけた。
果たして、本当にこれが元気をもたらしてくれているのだろうか。それとも、ただ一時の寂しさを埋めるための行動に過ぎないのだろうか。

買ったスイートピーをママ自転車の籠に無造作に放り込むと、再び冷たい風の中を歩き出す。花の香りがかすかに漂うが、寒さで鼻がかじかんでいるせいか、それすらもはっきりとは感じられない。

街はどんどん色あせていく。灰色のビル群とモノトーンの空、そして無機質な道路。歩く人々もどこか無表情で、冬の寒さが彼らの心にまで染み渡っているようだ。そんな中、買ったばかりの花束だけが鮮やかで、籠の中で静かに存在を主張している。

木枯らしが再び吹きつけ、落葉樹の最後の葉をそぎ落とす。街の景色はますます寂しさを増していく。頭上を見上げると、空が広くなっているのに気づいた。かつては葉が生い茂っていた木々の間から、冬の空が覗き込んでくる。広がった空を見上げながら、私は思った。

「寂しいのは街だけじゃない。私自身もきっとそうなんだ。」

誰かと話したい。誰かと繋がっていたい。そう願いながらも、どうしていいか分からず、結局は毎日をなんとなく過ごしている。この花を買う行為も、その一つなのだろう。帰り道の途中、籠の中の花束をちらりと見た。

家に帰り、いつもは放置してしまう花束を今日はきちんと飾ることにした。棚の上にある小さな花瓶を取り出し、水を注ぐ。スイートピーの茎を少しだけ切り揃えて、花瓶に活けた。

部屋に色が戻った気がした。わずかに漂う甘い香りと、鮮やかな花びらが、冷えきった空間をほんのりと温めてくれる。

「これが、私の色なんだ。」そう思った。街がモノトーンでも、心まで灰色に染まる必要はない。小さな一歩だけれど、自分の手で色を取り戻せるのだ。

次の木枯らしが吹いたとき、このスイートピーの香りを思い出すだろう。そして、空がどんなに広がっていても、その下に自分だけの色を描き続けていきたいと思った。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

季節の織り糸

春秋花壇
現代文学
季節の織り糸 季節の織り糸 さわさわ、風が草原を撫で ぽつぽつ、雨が地を染める ひらひら、木の葉が舞い落ちて ざわざわ、森が秋を囁く ぱちぱち、焚火が燃える音 とくとく、湯が温かさを誘う さらさら、川が冬の息吹を運び きらきら、星が夜空に瞬く ふわふわ、春の息吹が包み込み ぴちぴち、草の芽が顔を出す ぽかぽか、陽が心を溶かし ゆらゆら、花が夢を揺らす はらはら、夏の夜の蝉の声 ちりちり、砂浜が光を浴び さらさら、波が優しく寄せて とんとん、足音が新たな一歩を刻む 季節の織り糸は、ささやかに、 そして確かに、わたしを包み込む

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【新作】読切超短編集 1分で読める!!!

Grisly
現代文学
⭐︎登録お願いします。 1分で読める!読切超短編小説 新作短編小説は全てこちらに投稿。 ⭐︎登録忘れずに!コメントお待ちしております。

陽だまりの家

春秋花壇
現代文学
幸せな母子家庭、女ばかりの日常

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

感情

春秋花壇
現代文学
感情

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...