老人

Like A Virgin

70歳が書く小説 - 「Like A Virgin」

70歳の久保田信也は、昔から音楽を愛していた。若いころから数多くのバンドを追いかけ、ギターを弾き、レコードを集めては何度も聴き直していた。その頃の思い出が詰まったレコード棚には、古いロックアルバムが並んでいるが、時折不意にその棚に目を向けると、ひとつだけ目を引くジャケットがある。それは、1984年にリリースされた**Madonnaの『Like A Virgin』**だった。

彼がまだ若いころ、このアルバムは何かと話題になっていた。ラジオから流れてくるそのメロディーは、まさに新時代の象徴だった。女性としての自由と自己主張、そしてセクシーで大胆な表現。マドンナという存在は、若者たちにとってはまさに革命的だった。その中でも「Like A Virgin」は、彼女が世界を席巻するきっかけとなった楽曲だ。

「……あの頃のことか。」久保田は思わず声を漏らした。

彼の人生の中でも、あの時期は特に大きな転機となった。だが、今やその頃の輝きは薄れ、人生の終わりに近づいた自分には、昔を懐かしむことくらいしかできなくなってしまった。孤独な老後を送る中で、あのころの情熱を思い出すのが、唯一の慰めだった。

ある晩、いつものように古いレコードプレーヤーの前に座り、懐かしいジャケットを手に取った。少し埃をかぶったそのジャケットを、彼はゆっくりと棚から取り出し、レコードにセットした。ターンテーブルが回り、針がレコードの溝をなぞると、初めて聴くような新鮮な感覚が彼の胸に広がった。

**「Like A Virgin」**のイントロが流れると、久保田はその懐かしい音に浸るように目を閉じた。かつて彼も若かった頃、あの曲が流れると、胸が高鳴り、世界が新鮮で希望に満ちているような気がした。

「…何だか、もう一度あの頃に戻りたい。」久保田は心の中で呟いた。

彼が若かった頃の世界は、常に変化していた。社会も音楽も、すべてが進化していく中で、彼は自分の居場所を見つけようと必死に足掻いていた。だが、時が過ぎるにつれて、人生の変化についていけなくなった。家族を養い、仕事に追われる日々が続き、次第に音楽への情熱も薄れていった。

今、70歳になった久保田は、若い頃に感じた熱さや情熱がどこか遠くに消え去ってしまったような気がしていた。それでも、あの頃の音楽だけは今でも心に残っている。それが、彼を支える唯一のものだった。

**「Like A Virgin」**が流れ終わり、彼はしばらくその余韻に浸っていた。久保田は、自分が何を求めているのか、何をしてきたのかを考えた。だが、答えは出てこなかった。彼はただ、音楽の中で感じたあの「初めての気持ち」を再び味わいたかったのだろう。

その夜、久保田は寝室に行く前に、再度レコードを回してみた。今度は「Material Girl」。この曲もまた、彼が若かった頃に何度も聴いた名曲だ。彼女の歌声が、まるで自分の心を代弁しているかのように感じられた。あの頃、誰もが夢中になったマドンナ。彼女は、今でも変わらぬ魅力を持っている。

久保田は、ふと自分の人生を振り返る。仕事に追われ、家族に尽くし、気づけばあの頃のように音楽を楽しむことはなくなっていた。だが、今こうして再びレコードをかけ、音楽に心を委ねることで、少しだけ自分を取り戻すことができる気がした。

「やっぱり、音楽はいいな。」久保田は微笑みながら、音楽に身を委ねる。

彼はこれから、もう少しだけ音楽と共に生きていこうと思った。どれだけ歳をとっても、音楽の力で心が揺れ動くことができるのだと気づいたからだ。

レコードが回り続ける音が、部屋を包み込み、久保田は静かにその余韻に浸りながら、心地よい眠りに落ちていった。