老人

明日への一杯

『明日への一杯』

　朝、目が覚めると、窓の外には灰色の空が広がっている。肌寒い風がカーテンの隙間から流れ込んでくる。70歳、独り身で暮らしているこのアパートの一室は、冷え切った空気と共に今日も始まる。

　食費の平均は月45,277円。1日あたり1,509円。この金額があるなら、いろんな料理が作れるのに。春菊のおひたし、大根と鶏手羽元の煮物、炊き立ての白いご飯。そんな食卓を想像するだけで、思わず口の中が幸せでいっぱいになる。

　だけど現実は違う。今月の雑費、被服費、食費を合わせて、家計は38,000円に収めている。残り少ない。明日、少しばかりお金が入る見込みだが、それでも不足している現実がある。

　冷蔵庫を開けると、いつものように空っぽに近い。わかめ、玉ねぎ、ねぎ、庭で摘んだ紫蘇があるだけ。お米は残り少なく、今日一日を何でやり過ごすか、頭の中で考える。

「袋ラーメンでも買えたらいいな」

　心の中でつぶやく。袋ラーメン。安くて、手軽に食べられて、身体が温まる。あの味が今の自分を救ってくれるかもしれない。だけど、もう何日もラーメンを買う余裕がない。

　ADHDの影響で、いつも頭の中がざわざわとしている。支払いの計算、次の給料、明日やること、考えることが多すぎる。そのせいで、時折焦りが生まれ、買い物の時にも迷いがちだ。数円、数十円を節約するために余計な考えが巡り、毎日の食事が単純なものになってしまう。

　だけど、明日はお金が入る。その少しの望みを胸に、何とか今日を乗り切らなくては。

　古い椅子に腰掛け、頭の中で今日のメニューを考える。玉ねぎとわかめを味噌汁にして、お米と一緒に食べるか。それとも、何か新しいものを試してみようか。いま持っている食材だけでは、選択肢が限られている。

　「明日、ラーメンを一袋だけ買えるかもしれないな」

　この小さな希望に、気持ちが少し救われる。袋ラーメンは、手軽に空腹を満たすことができるし、心も温かくなる。値段も手頃だ。もしかしたら明日、その小さな楽しみが自分を救う。

　今の生活が貧しくて、時には空腹で、時には孤独を感じることがある。それでも、自分にはまだ明日がある。そして、明日少しだけ財布の中に余裕ができたとき、そのわずかな金で、袋ラーメンを手に入れ、食べることができる。

　ラーメンの湯気が立ち上る。あのシンプルな味、熱いスープ、細い麺。考えただけで、身体が少し温かくなるような気がする。

　雑費や被服費、生活費をやりくりする毎日だが、その中で少しの楽しみを見つけることも大切だ。ラーメン一杯が、その楽しみになる。少しの贅沢、少しの希望。

　今日も何とか生きるために、お米をとぎ、玉ねぎを切り、わかめを水で戻して味噌汁を作った。シンプルだが、心を落ち着かせる一杯になる。

　外は冷え込んでいるが、家の中は暖かい。小さな味噌汁の鍋を見ながら、明日への期待を膨らませた。

　「明日は、袋ラーメンを買おう」

　心の中で静かに決意する。その小さな一杯が、明日への希望となる。

　人生は、こうした小さな希望と、小さな食事の積み重ねでできているのかもしれない。明日が少しだけ明るく、そして美味しくなることを願いながら、今日の味噌汁を静かに味わった。