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春秋花壇

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小さな支え、大きな力

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「小さな支え、大きな力」

その日の午後、70歳の村田隆夫は、薄暗い部屋で静かに時計の針が進むのを見つめていた。彼の家は古びた一軒家で、窓を開けると遠くの山々が見える。家の中は少し埃っぽく、狭いリビングにぽつんと座っているだけで、退屈な日々がどこかで終わりを迎えているように感じていた。

息子や娘はすでに独立しており、何度か訪ねてきたが、それも月に一度あるかないか。仕事を引退し、かつての仲間たちとも疎遠になり、彼の生活は少しずつ静かな孤独に包まれていった。そんな中、村田が頼っている唯一の存在は、週に数回訪れる訪問介護のスタッフであった。

その日、訪問介護のスタッフがやって来るのは午後3時の約束だった。村田は彼女を迎える準備をしながら、いつものように静かな期待感を抱いていた。そのスタッフ、佐々木さんは80歳だという。最初は年齢に驚いたが、何度も会ううちにその年齢が気にならなくなってきた。むしろ、彼女の介護技術と優しい笑顔には何か特別なものがあった。

「村田さん、今日は調子はいかがですか?」
佐々木さんが明るい声で玄関を開けた。彼女は小柄な女性で、年齢に似合わず元気そうな印象を与えていた。少し疲れた様子ではあったが、その顔に浮かぶ温かな笑顔は、村田にとっての心の支えとなっていた。

「うん、まあまあだよ。今のところ大きな問題はないけど、少し体が重くてな…」
村田は椅子に腰掛けながら、少し恥ずかしそうに言った。佐々木さんは彼に近づくと、優しく手を差し伸べた。

「体調が悪いときは、無理せずに言ってくださいね。今日はどこか特に気になるところがありますか?」
村田は佐々木さんの手を取りながら、「腕が少し痛むんだ」と呟いた。実際、彼の体には年齢の影響が色濃く表れていた。歩くのも一苦労で、最近は立ち上がるたびに足元がふらつくことが多くなってきていた。

「それはつらいですね。でも、今日もしっかりケアしますから、心配しないでくださいね。」
佐々木さんは静かに村田の肩を揉みながら、心を込めて言った。その手は年齢を感じさせないほど力強く、無駄のない動きで村田の体をほぐしていく。

しばらくして、村田は落ち着いた表情を見せた。「ありがとう、佐々木さん。君が来てくれると、本当に安心する。」
「私が来ているのが、少しでも村田さんの支えになっているなら、それだけで嬉しいです。」佐々木さんは柔らかく微笑んだ。彼女が言う通り、村田にとって佐々木さんは単なる介護者以上の存在だった。彼女の訪問は、毎日の小さな希望となり、日々の孤独を少しでも和らげてくれた。

「でも、佐々木さん、君ももう80歳だろう?どうしてこんなに元気なのか不思議だよ。」
村田は驚きながら言った。彼の中で80歳という数字は、もう何もできない年齢というイメージが強かったが、佐々木さんはまるでそんな固定観念を打ち破るかのように働き続けていた。

「元気でいられるのは、毎日何かに使えることがあるからだと思います。」
佐々木さんはほんの少し照れながら言った。「そして、私自身も村田さんのように、誰かの役に立てることが嬉しいんです。歳を取っても、できることがあるって素晴らしいことですから。」

村田はその言葉に少し心が温かくなった。彼は思わず、「君はすごいな」とつぶやいた。それはただの褒め言葉ではなく、彼の心から出た真摯な言葉だった。

佐々木さんは少し笑うと、「いやいや、私はただのお手伝いです。でも、村田さんも一緒に頑張っているんですよ。」
村田は彼女の言葉を聞いて、自分の生活に対する見方が少し変わった気がした。年齢を重ねていく中で、できることは減っていくかもしれない。しかし、誰かと繋がっている限り、少しでもその人の力になれることがある。そして、そんな小さな支え合いが、自分の生きる力になるのだと。

「佐々木さん、ありがとうな。」村田は静かに言った。佐々木さんはそれに答えるように、優しく村田の手を握り返した。

「いえいえ、私が村田さんの力になれることが一番の幸せです。」
その言葉が、村田の心に深く染み渡った。







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