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春秋花壇

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シルバーインフルエンサー

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「シルバーインフルエンサー」

70歳を迎えた今、ひとりで過ごす時間が増えてきた。夫を数年前に亡くし、子供たちはそれぞれ家庭を持って遠くに住んでいる。日々の生活は静かだが、時折、その静けさが心に重くのしかかることもある。以前は賑やかだった家も、今は自分一人のものになり、部屋の隅々に夫との思い出が残っている。

ただ、最近になって、少しだけ新しいことを始めようと考えている。息子たちや孫たちと一緒に過ごす時間は楽しいけれど、自分の力で何かをしたいという気持ちが強くなってきた。そこで目をつけたのが、シルバーインフルエンサーという存在だ。

SNSを使いこなす若者たちとは違い、私はスマホやパソコンに詳しいわけではない。でも、時々、ニュースやテレビで見る「シルバーインフルエンサー」の存在が気になっていた。シルバーインフルエンサーとは、年齢を重ねた人たちがSNSで活躍し、フォロワーを集めて収入を得る新しい形のインフルエンサーだ。年齢を理由に引退するのではなく、むしろそれを活かして、ライフスタイルや趣味、知識をシェアすることで新たなつながりを作っている。

私もそんなふうに、自分の経験や知識を誰かと共有できたらいいなと思っていた。しかし、現実は簡単ではなかった。SNSに登録し、初めて投稿をしたとき、フォロワーは0人。次に「#シルバーライフ」などのハッシュタグをつけて投稿してみても、ほとんど反応がなかった。なんとなく、焦りと不安が込み上げてきた。

「こんなもの、私にできるわけがない。」

その気持ちが頭をよぎったが、ふと、家の中を見渡してみた。何年も使っていない古いカメラや、昔作った手編みのセーター、趣味で作っていたお菓子のレシピ帳。これらは私が今まで積み重ねてきたものだ。もしかしたら、これを発信することで、誰かとつながれるのかもしれない。

「試してみる価値はある。」

そう思って、もう一度スマホを手に取った。少しずつ、私の生活を紹介していくことに決めた。毎日の食事や、庭で育てている花の写真、時折の手作りアクセサリーや編み物。投稿の内容は、まるで自分の「日記」のようだったが、それでも他の人に何かを伝える喜びを感じることができた。

それから数ヶ月後、予想もしなかったことが起こった。フォロワー数が少しずつ増えていったのだ。最初はわずか数十人だったが、ある日、手作りのお菓子のレシピを投稿したところ、フォロワーが急に増えた。コメントがつき、質問がきて、さらには同じように料理やお菓子作りが好きな人たちと交流できるようになった。

それから、私の投稿には反応が多くなり、フォロワー数も増えていった。最初は無名のアカウントだったが、ある時、「シルバーインフルエンサー」として紹介されることになった。その時は、あまりのことに驚き、嬉しさと興奮が込み上げてきた。

フォロワーが増えるにつれて、少しずつ収入も得られるようになった。企業からの商品紹介や、シンプルな広告収入が入り、少しずつ生活にも余裕が出てきた。今まで自分の人生がこんなふうに形になるなんて、考えてもみなかった。

それでも、まだ私は完全にSNSを使いこなせているわけではない。時折、投稿がうまくいかないと落ち込んだり、何かを忘れたりして焦ったりすることもある。でも、次第にその不安は少しずつ消えていった。SNSという場所で、私は新しい自分を発見し、他の人たちとつながり、共感を得ることができるようになった。

そして、気づいたことがある。それは、年齢がどうであれ、挑戦することに遅すぎることはないということだ。SNSの世界で活躍している若い人たちにとっては、私のようなシルバー世代がどう映るのかはわからない。しかし、私は私なりに楽しんでやっているし、少しでも収入が増えることが嬉しいと思っている。自分のやりたいことを、年齢に関係なく続けられる幸せを感じている。

今日も、庭の花を撮って投稿した。コメントで、「素敵ですね」「私もこんな庭が欲しい」といった言葉が並ぶ。小さなことでも、誰かの心に触れることができる。それが私にとっての幸せだ。

「まだまだ、頑張るぞ。」

こうして、私はシルバーインフルエンサーとして、少しずつでも前に進んでいるのだ。







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