老人

限りある日々の中で

 「限りある日々の中で」

70歳の洋一は、東京都内の小さなアパートに一人で暮らしている。月々の年金支給額はわずか70,320円。この金額で東京の生活を成り立たせるのは、並大抵のことではない。しかし、彼は毎日の生活に工夫を凝らし、なんとかやりくりを続けてきた。

朝の光が部屋に差し込むと、洋一は小さなキッチンでお湯を沸かした。数年前まではコーヒーも常備していたが、今では少し高価だ。そこで朝はただの温かいお湯を飲むようにしている。それでも、朝一番のこの温かさが心を落ち着けてくれる。食卓には昨日買った割引品の食パンが並んでいた。「今日も、まずは無事に朝を迎えられた」と、洋一は静かに自分に言い聞かせる。

家計簿には毎月、細かく生活費を記録している。食費、光熱費、家賃、医療費——それらをひとつひとつ丁寧に計算し、少しでも無駄が出ないように努めている。食費は月に1万5千円程度に抑えようとしているが、どうしても物価の影響で超えてしまうこともある。彼は、スーパーの割引時間に合わせて買い物をし、肉や魚は特別な日にしか買わない。普段は豆腐やもやし、安い野菜を中心にした食事で節約している。

電気代やガス代も気になる出費だ。冬場の暖房は、なるべく厚着をしてエアコンを使わないようにしている。夏の暑さも耐えるために、扇風機を使い、冷房はどうしても我慢できない時だけにした。洋一にとっては、これもまた自分の健康と生活を守るための工夫のひとつである。彼は、「今あるものを大切に使う」という考えをいつも心がけていた。

そんな生活の中で、彼が唯一楽しみにしているのは、近所の公園に散歩に行くことだった。そこでは季節ごとに異なる草花が咲き、空の色も変わる。公園のベンチに腰掛け、通り過ぎる人たちを眺めていると、ふと心が温かくなり、孤独感が和らぐのだ。

ある日、公園で知り合った同年代の女性・美代子さんが声をかけてくれた。彼女もまた、一人で暮らし、限られた年金でやりくりしている。二人は少しずつ親しくなり、時折一緒に公園でお弁当を食べるようになった。

「洋一さん、月に7万円で暮らしてるって本当にすごいわね」と、美代子さんが感心したように言った。

「まあ、慣れだよ。工夫すればなんとかなるもんさ」

美代子さんは笑いながら「私も見習わなくちゃ」と言った。彼女との会話が、洋一にとって大きな支えになっていた。一人きりで生活していると、誰かと話すことがどれだけ心の助けになるか、身に染みて感じていたからだ。

そしてある夜、洋一はふと思った。「この生活に工夫や支えがある限り、なんとか生き抜いていけるかもしれない」と。しかし、時折不安になるのも事実だ。このまま年を重ね、体が動かなくなったとき、自分はどうなるのか。老後の不安が押し寄せてきたとき、洋一は深く息を吸い込んで、自分にこう言い聞かせた。

「今できることを、毎日やり続けることが大切なんだ」と。

美代子さんとの交流が増えるにつれ、二人はお互いに家計の節約術を共有し合うようになった。たとえば、近所の商店街で特売日をチェックし、分け合って購入することでお互いの出費を抑えられるようになったり、古い衣類を繕って使い続けたりするアイディアも交換した。

日々の小さな喜びや人とのつながりが、洋一の生活を豊かにしてくれた。それは物質的な豊かさではなく、心の安らぎや支えだった。そして、洋一はこの限られた生活の中で「自分にとっての本当の豊かさとは何か」を見つけつつあったのだ。

そんなある日、美代子さんが公園に来られなくなった。体調を崩したらしいという噂を耳にし、洋一は心配でたまらなかった。しかし、自分の生活もあるため頻繁に見舞いに行く余裕もない。

「美代子さん、大丈夫かな……」

心配を抱えながらも、洋一は日々の生活を続けた。やがて美代子さんは回復し、再び公園に現れた時、洋一は安堵した。その時、二人は互いの存在が自分にとってかけがえのない支えであると再確認した。

洋一はその日、夕暮れの中で美代子さんと共にベンチに腰掛け、静かな時間を過ごした。彼らの暮らしは決して楽ではないが、日々の小さな工夫や支え合いが、少しずつ幸せを運んできてくれる。それは、二人にとっての「生きる力」だった。