老人

70,320円の暮らし

「70,320円の暮らし」

70歳の高橋清は、東京の小さなアパートで独り暮らしをしていた。毎月支給される年金は70,320円。このわずかな金額で、どのように暮らしていけばいいのか、日々頭を悩ませていた。

朝、清はいつもより少し冷え込む部屋の中で目を覚ました。暖房はなるべく節約したかったため、厚手の毛布にくるまり、体を温める。ゆっくりと起き上がり、朝食の支度を始める。食パン一枚と、スーパーで半額になっていた卵一つが、今日の朝ごはんだ。少しの醤油をたらして炒めた卵が、焼き立てのパンに香ばしく絡む。

「贅沢はできないけれど、これで十分だ」と、自分に言い聞かせる。食事を終え、洗い物を済ませると、冷蔵庫の中を改めて確認する。野菜は安売りで買って冷凍しておいたブロッコリーとほうれん草だけだ。肉や魚は、ここ数週間買っていない。

「栄養が偏らないようにしなくちゃな……」と呟きながら、清はスケジュール表を確認する。今日は、近くの公園で開かれる無料の健康相談会に行く予定だ。健康には気をつけなければならない。医療費がかかるようなことがあれば、今の生活はすぐに破綻してしまう。

公園に到着すると、同年代の人々がちらほらと集まっていた。清は健康相談ブースで血圧を測ってもらい、簡単なアドバイスを受ける。無料のイベントには助けられることが多い。終わった後、知り合いの田中さんが話しかけてきた。

「高橋さん、元気そうで何よりだね」と、笑顔を見せる田中さんは、いつも清に生活の知恵を教えてくれる。

「田中さんも相変わらずだね。今日は何か節約のコツがあったら教えてくれないか？」

田中さんはにっこりと頷いた。「最近、近くのスーパーで閉店間際に行くと、結構いろいろなものが安く手に入るよ。惣菜なんかは半額になるし、うまくいけばパンも割引になるからね」

清はそのアドバイスをメモし、夕方に試してみることにした。少しでも食費を抑えれば、予備費に回せる。急な出費があっても、少し余裕ができるかもしれない。

その夜、清は田中さんの言葉通りにスーパーに足を運んだ。閉店間際の時間帯、店内には人が少なく、棚の一部が割引シールで埋め尽くされていた。清はその中から、割引された卵と豆腐、そしてほうれん草を選んだ。会計を済ませると、わずかながらの節約に成功したという満足感が湧いた。

帰宅後、ささやかな晩ごはんを用意した。湯豆腐にした豆腐とほうれん草、それに少しのご飯を添える。シンプルでありながら、体を温めてくれるこの食事に、心も満たされるようだった。

数日後、清は再び田中さんに会った。田中さんは、清に「自治体の高齢者支援制度」を紹介してくれた。電気代やガス代の一部を補助してもらえる制度で、条件を満たせば清も受けられる可能性があるらしい。早速、役所に相談に行き、申請を試みることにした。

役所の職員は親切に対応してくれ、必要な書類を用意するようにと説明してくれた。こうした支援を活用すれば、少しずつ生活が楽になるだろう。清は、少しの希望を感じた。

季節が進み、冬が訪れるころ、清は毎月の生活費を慎重に管理しながらも、暖かい布団と節約した食費で少しの安らぎを得ていた。生活は決して楽ではないが、少しずつ工夫と支援を重ねることで、この小さな部屋での暮らしにも安定が訪れつつあった。

「70,320円でも、生きていけるもんだな」

清はそう呟き、静かに窓の外の冬景色を眺めた。彼にはまだ、工夫と希望が残っていたのだった。