老人

高齢者 遠くの文字が見づらいと感じる

高齢者　遠くの文字が見づらいと感じる

勇二さんは75歳、かつてのように遠くの景色や看板がくっきり見えなくなっていることに、少し戸惑いを感じていた。以前は遠くにある建物の名前も、看板の文字も、はっきりと目に入っていたのに、今ではぼやけていて、気を付けないと見落としてしまうことが増えていた。

先日、近所の商店街に出かけたときも、懐かしい店の名前が遠くに見えるはずだったが、何度も瞬きをしても、輪郭がにじんでしまって読めなかった。近くに寄ってようやく「村田商店」の文字が見えたとき、勇二さんは少し寂しくなった。「昔なら、こんなに近くまで寄らなくても、あの文字がすぐに見えたのに……」そんな思いが心をかすめた。

自宅に戻った勇二さんは、ゆっくりとお茶をすすりながら、孫が来てくれるのを待っていた。孫の大輝は小学五年生で、毎週土曜日には祖父母の家を訪ねてくれる。賑やかな大輝との会話は、勇二さんにとって唯一の癒しでもあった。

「じいちゃん、なんか顔色悪いよ？」

大輝が心配そうに尋ねてきた。勇二さんは思わず苦笑して、「いやな、遠くの文字がぼやけて見えにくくなってきたんだよ」と答えた。大輝は「メガネ作ればいいんじゃない？」と当たり前のように言ったが、勇二さんにとってそれは少し抵抗のある提案だった。若い頃から目には自信があっただけに、メガネに頼ることが少し屈辱的にさえ思えたのだ。

その晩、息子夫婦と一緒に夕食を食べながら、勇二さんはふと話題にした。「最近、どうも遠くが見づらくなってきたんだ。あの商店街の看板も、昔は遠くからでもすぐに読めたのに、今じゃぼやけて見えん。」

息子はうなずき、「まあ、お父さんも年だし、そろそろメガネを考えた方がいいかもね」と提案した。少し考え込んだが、息子の言うことも一理あると感じた勇二さんは、重い腰を上げて眼鏡店に行く決意をした。

翌日、勇二さんは少し緊張しながら眼鏡店のドアを開けた。視力測定を受け、店員が勧めてくれた遠視用のメガネをかけてみた瞬間、勇二さんは驚いた。遠くの景色や看板が、まるで自分に近づいてきたかのように鮮明に見えるのだ。久しぶりに「村田商店」の看板を遠くから一目で確認できた時、彼は少し胸が高鳴るのを感じた。

「これで、また昔のように遠くも見えるようになったんだな」

勇二さんは心の中で呟いたが、メガネが視力を助けてくれるだけでなく、彼の誇りも支えてくれているような気がした。

日常に戻り、商店街を歩くたびに遠くの店の名前や街の風景を確認するようになった。久しぶりに「村田商店」の店主とも会話を交わし、「いやあ、看板も見えなきゃ顔も見えんなんて言われたら寂しいもんだ」と冗談交じりに話すと、店主も「あんたがまた遠くからうちの名前を呼んでくれるようになって、安心したよ」と笑った。

ある日、いつものように商店街で孫の大輝と待ち合わせると、大輝が笑顔で駆け寄ってきた。「じいちゃん、今日は遠くからでも俺が見えた？」その質問に勇二さんは笑って、「おお、もちろんさ」と答えた。その言葉には、今までの自分の時間が確かにそこにあったことを感じるような、少し誇らしげな響きがあった。

こうして、勇二さんは再び遠くの景色や文字を楽しみながら、日々を重ねていく。