老人

食べたいもの、食べたもの

「食べたいもの、食べたもの」

70歳のカナコさんは、一人暮らしの夕食時、頭の中で思い描く。食べたいもののリストは毎日少しずつ変わるけれど、今晩は特に「とろとろのそぼろ煮」が浮かんだ。甘辛いタレが絡んだそぼろが、ふわっと口の中で広がるイメージ。そして、シャキシャキしたオクラの梅鰹和え。それに、さっぱりとした「無限人参」もいいだろう。簡単でいて栄養も取れる、そんな料理を彼女は心で思い描く。

しかし、現実は少し違った。娘が差し入れてくれたお寿司が、今、彼女の目の前にある。もちろん、家族の気持ちには心から感謝している。カナコさんは、「与えられたものに感謝しないとね」と自分に言い聞かせ、箸を手に取った。

しかし、どうにも喉を通らない。「贅沢病かな」と、彼女はつぶやいた。美味しいお寿司が、なんだか今の自分の口には少し重い。好きなものを食べたい気持ちと、与えられたものへの感謝の間で、少しだけ心が揺れ動いた。

「せっかくだから、ゆっくり時間をかけて食べましょう」と、彼女は思い直し、ひと口ひと口を丁寧に味わった。食べるたびに、家族の温かい思いが感じられる。

「いただきます」カナコさんは小さく呟き、お寿司を噛みしめる。

食事が終わり、箸を置いた。「ごちそうさまでした。そして、ありがとうございます」と、心の中で家族に伝えた。どんなものでも、誰かが自分のために用意してくれる食事には、やはり特別な意味がある。

愛と感謝の気持ちが、カナコさんの心を温かく包んだ。彼女は、手を合わせ、穏やかな微笑みを浮かべる。そしてまた、静かな一日が終わっていった。

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