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息子がいたから
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「息子がいたから」
70歳の一人暮らしをしている老人、村上清(むらかみ きよし)は、過去の自分の姿を思い返していた。狭いアパートの一室で、彼は日課のように古い写真アルバムを手に取る。写真の中には、かつての家族や、まだ幼かった頃の息子の姿が残されている。清の目にはうっすらと涙が浮かび、しわだらけの手が写真をそっと撫でた。
「結局、あいつが俺を救ってくれたんだな…」
清は静かに呟いた。若い頃、彼の人生は破滅に向かっていた。30代から40代にかけて、覚せい剤に手を出し、その依存はどんどんと強くなっていった。当時、妻は何度も彼を止めようとしたが、彼はその声を無視し続けた。そして、ついには家族との関係も崩壊し、妻は息子を連れて家を出て行った。清は孤独の中で、ますます薬物に依存する日々を過ごすことになった。
だが、その破滅的な生活の中で、彼を引き止めるものが一つだけあった。それは、息子・誠(まこと)の存在だった。
誠は、まだ小学生だった頃、清を心から慕っていた。彼の純粋な眼差しと、無邪気な笑顔だけが、清にとっての救いだった。しかし、薬物に溺れ、暴力的になった父親を恐れ、誠も次第に距離を置くようになっていった。それでも、誠の笑顔を思い出すたびに、清の中にはわずかな罪悪感が生まれた。
清が本当に変わろうと思ったのは、50代を迎えたある日だった。息子の誠が成人し、久しぶりに父親を訪れた日、清は自分の変わり果てた姿に向き合わざるを得なかった。痩せ細り、肌はくすみ、目には生気がなかった。誠はその姿を見て、静かに涙を流していた。
「お父さん、もうやめてくれ…お願いだから、もうこれ以上、自分を傷つけないで」
その言葉は、清の心に突き刺さった。誠の涙、真剣な瞳、そして愛情を込めて手を差し伸べる姿に、清は初めて、自分がどれほどの間、息子を失望させ、傷つけてきたのかを実感した。
「俺…もうダメだと思ってた。でも、お前がまだ俺を見捨ててないんだな…」
誠は父親の手をしっかりと握りしめた。「一緒に頑張ろう、父さん。まだ間に合うよ」
その日から、清は自分との闘いを始めた。覚せい剤をやめるのは簡単ではなかった。何度も手が震え、夜も眠れない日々が続いた。薬への渇望が襲いかかるたびに、誠の言葉を思い出し、彼の笑顔を胸に刻んだ。苦しいとき、誠が電話をかけてくる。「どう?大丈夫?」「今度一緒にご飯でも行こうよ」その一言一言が、清を支えた。
リハビリに通い、周囲の支援を受けながら、彼は少しずつ薬物から離れていった。日々が過ぎるたびに、清は自分の心と体が少しずつ回復していくのを感じた。それは、息子が常に背中を押してくれているという確信があったからだ。
やがて、誠は結婚し、清にも孫が生まれた。清は、その知らせを聞いたとき、涙が溢れ出した。彼は自分がもう一度、家族と向き合う機会を得たことに感謝していた。
しかし、70歳になった今、清は再び一人になっていた。誠の仕事の関係で、遠く離れた土地に引っ越してしまったからだ。清は寂しさを感じながらも、息子や孫との繋がりを感じ続けていた。毎月送られてくる手紙や写真が、彼の心を温めていた。
「俺がこうして生きていられるのは、お前のおかげだ」
清は、古びたアルバムの中の息子の幼い頃の写真を見つめながら、そう呟いた。自分の過去の過ちと向き合い、それを乗り越えた今、彼は誠の存在が自分にとっての救いであったことを深く理解していた。
覚せい剤をやめられたのは、誠がいたからだ。彼が見捨てなかったからこそ、清は再び立ち直ることができた。人生の中で、どれだけ絶望的な状況に陥っても、愛する者の存在が人を救い、再び歩き出させる力になる。
「ありがとう、誠…」
清はその言葉を胸に刻みながら、ゆっくりとアルバムを閉じた。そして、次に会える日を楽しみに、静かに窓の外を眺めた。
70歳の一人暮らしをしている老人、村上清(むらかみ きよし)は、過去の自分の姿を思い返していた。狭いアパートの一室で、彼は日課のように古い写真アルバムを手に取る。写真の中には、かつての家族や、まだ幼かった頃の息子の姿が残されている。清の目にはうっすらと涙が浮かび、しわだらけの手が写真をそっと撫でた。
「結局、あいつが俺を救ってくれたんだな…」
清は静かに呟いた。若い頃、彼の人生は破滅に向かっていた。30代から40代にかけて、覚せい剤に手を出し、その依存はどんどんと強くなっていった。当時、妻は何度も彼を止めようとしたが、彼はその声を無視し続けた。そして、ついには家族との関係も崩壊し、妻は息子を連れて家を出て行った。清は孤独の中で、ますます薬物に依存する日々を過ごすことになった。
だが、その破滅的な生活の中で、彼を引き止めるものが一つだけあった。それは、息子・誠(まこと)の存在だった。
誠は、まだ小学生だった頃、清を心から慕っていた。彼の純粋な眼差しと、無邪気な笑顔だけが、清にとっての救いだった。しかし、薬物に溺れ、暴力的になった父親を恐れ、誠も次第に距離を置くようになっていった。それでも、誠の笑顔を思い出すたびに、清の中にはわずかな罪悪感が生まれた。
清が本当に変わろうと思ったのは、50代を迎えたある日だった。息子の誠が成人し、久しぶりに父親を訪れた日、清は自分の変わり果てた姿に向き合わざるを得なかった。痩せ細り、肌はくすみ、目には生気がなかった。誠はその姿を見て、静かに涙を流していた。
「お父さん、もうやめてくれ…お願いだから、もうこれ以上、自分を傷つけないで」
その言葉は、清の心に突き刺さった。誠の涙、真剣な瞳、そして愛情を込めて手を差し伸べる姿に、清は初めて、自分がどれほどの間、息子を失望させ、傷つけてきたのかを実感した。
「俺…もうダメだと思ってた。でも、お前がまだ俺を見捨ててないんだな…」
誠は父親の手をしっかりと握りしめた。「一緒に頑張ろう、父さん。まだ間に合うよ」
その日から、清は自分との闘いを始めた。覚せい剤をやめるのは簡単ではなかった。何度も手が震え、夜も眠れない日々が続いた。薬への渇望が襲いかかるたびに、誠の言葉を思い出し、彼の笑顔を胸に刻んだ。苦しいとき、誠が電話をかけてくる。「どう?大丈夫?」「今度一緒にご飯でも行こうよ」その一言一言が、清を支えた。
リハビリに通い、周囲の支援を受けながら、彼は少しずつ薬物から離れていった。日々が過ぎるたびに、清は自分の心と体が少しずつ回復していくのを感じた。それは、息子が常に背中を押してくれているという確信があったからだ。
やがて、誠は結婚し、清にも孫が生まれた。清は、その知らせを聞いたとき、涙が溢れ出した。彼は自分がもう一度、家族と向き合う機会を得たことに感謝していた。
しかし、70歳になった今、清は再び一人になっていた。誠の仕事の関係で、遠く離れた土地に引っ越してしまったからだ。清は寂しさを感じながらも、息子や孫との繋がりを感じ続けていた。毎月送られてくる手紙や写真が、彼の心を温めていた。
「俺がこうして生きていられるのは、お前のおかげだ」
清は、古びたアルバムの中の息子の幼い頃の写真を見つめながら、そう呟いた。自分の過去の過ちと向き合い、それを乗り越えた今、彼は誠の存在が自分にとっての救いであったことを深く理解していた。
覚せい剤をやめられたのは、誠がいたからだ。彼が見捨てなかったからこそ、清は再び立ち直ることができた。人生の中で、どれだけ絶望的な状況に陥っても、愛する者の存在が人を救い、再び歩き出させる力になる。
「ありがとう、誠…」
清はその言葉を胸に刻みながら、ゆっくりとアルバムを閉じた。そして、次に会える日を楽しみに、静かに窓の外を眺めた。
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