老人

冬の贈り物

冬の贈り物

70歳の富子は、静かな冬の午後を自宅の小さなリビングで過ごしていた。外は風が強く、庭の木々が揺れる音が窓越しに聞こえてくる。年老いた彼女にとって、寒さは身にこたえるが、家の中は暖かく、穏やかな日差しが差し込んでいた。

その日、孫の美咲が訪れる予定だった。美咲は大学生で、忙しい日々の合間を縫って、時折富子を訪ねてくれる。富子にとって、それは何よりの楽しみだった。孫との時間は、過去の思い出や日々の些細なことを共有するかけがえのないものだった。

チャイムの音が鳴り、富子は玄関に向かう。扉を開けると、美咲がにっこりと笑って立っていた。

「おばあちゃん、こんにちは！」と美咲は元気よく挨拶し、小さな紙袋を手にしていた。

「美咲ちゃん、寒いのにわざわざありがとう。さあ、中に入って」

富子は美咲を家に招き入れ、温かいお茶を入れながら二人で話し始めた。美咲は学校の話や友人のことなどを楽しそうに語り、富子はその元気な様子を微笑ましく見守っていた。

「おばあちゃん、今日はちょっとしたプレゼントがあるんだ」と美咲は、手に持っていた紙袋を富子に手渡した。

「何かしら？」富子は驚きながら袋を開けた。中から出てきたのは、小さなハンドクリームのチューブだった。シンプルなデザインで、優しいラベンダーの香りが漂う。

「これ、最近私が使ってるハンドクリームなんだけど、おばあちゃんにも使ってもらいたくて。乾燥する季節だから、手が荒れてるんじゃないかなって思って」

富子はその言葉を聞き、ハンドクリームを手に取った。年を重ねた彼女の手は、長年の家事や庭仕事で荒れており、特に冬になるとひび割れや乾燥が目立っていた。最近では少し痛むこともあったが、特に気にすることなく過ごしていた。

「まあ、ありがとうね。こんな素敵なものを…本当に嬉しいわ」

美咲は微笑みながら、「使ってみて、おばあちゃん」と促した。

富子は少し照れくさそうにしながらも、ハンドクリームのキャップを開け、手のひらに少量を出した。柔らかなクリームは彼女の手にすっと溶け込み、優しい香りが部屋に広がった。美咲はそんな富子の様子を見守りながら、そっと彼女の手を取って一緒にクリームを塗り広げた。

「手がすごく冷たいね、おばあちゃん。でも、これを使えばもっと柔らかくなると思うよ」

美咲の手の温もりが、富子の心まで温めてくれるようだった。年を取るにつれて、自分の体が少しずつ弱くなっていくのを感じていた富子だったが、美咲がそばにいることで、その不安が一瞬で消え去るような気がした。

「ありがとう、美咲ちゃん。本当に気が利くわね。こんなに優しい孫を持てて、私は幸せよ」

「おばあちゃんには、ずっと元気でいてほしいからね」と美咲は、笑顔で答えた。

富子は、美咲が自分のことをこんなにも思ってくれていることに胸がいっぱいになった。手のひらに残るクリームの香りと、娘のように成長した孫の優しさが、彼女の心を温め続けた。

その後、二人はしばらくお茶を飲みながら話を続けた。美咲は忙しい大学生活の合間に、どれだけおばあちゃんを大切に思っているかを言葉にした。そして富子もまた、孫の成長を見守りながら、自分の老後がこうして孫と共にあることに感謝していた。

夕方が近づき、美咲はそろそろ帰る時間が来た。玄関で別れの挨拶をし、富子は再びひとりになった。だが、彼女の心は寂しさではなく、満ち足りた幸福感で包まれていた。

リビングに戻り、富子は再びハンドクリームを手に取り、その香りを楽しんだ。「こんなにも優しい心を持った孫がいて、私は本当に幸せだわ」と彼女はしみじみと感じた。

老いは避けられないものだが、こうして誰かに大切にされ、心の温もりを感じながら過ごす日々があるならば、それも悪くない。富子は静かに微笑み、窓の外で揺れる木々を見つめながら、今日の小さな幸せを噛みしめた。

「美咲ちゃん、ありがとうね。またすぐに会えるといいわ」

そう呟きながら、富子はそっとクリームを塗った手を重ね合わせた。