老人

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
209 / 436

死にあざ

しおりを挟む
「死にあざ」

ある日、田中遥(たなか はるか)は鏡の前に立ち、ふと腕に現れた青紫色のあざに気づいた。昨日まではなかったはずだ。触ってみると軽く痛むが、それほど酷くはない。何かにぶつけた記憶もないのに、いつの間にかできていたそのあざが、なぜか不気味に思えた。

「疲れてるのかな…」そう呟きながら、深く気に留めることなく遥はその日を過ごした。しかし翌朝、また別の場所、今度は足に同じようなあざができていることに気づいた。しかも少しずつ大きく、濃くなっている。

「何これ…」

不安が胸に広がる。翌日も、その次の日も、あざはどんどん増え続けた。腕、足、背中。鏡に映る自分の体が、見たこともない青紫色の模様に覆われていくのがわかった。何か深刻な病気なのではないかと心配になった遥は、急いで病院に向かった。

「最近、あざができやすくなっているんです。ぶつけた覚えもないのに…」

医者は遥の言葉に耳を傾け、詳しく診察を行った。しかし、血液検査や他の検査をしても特に異常は見つからなかった。

「ストレスや疲れが原因で血行が悪くなっているのかもしれませんね。しばらく安静にして、あざが増えるようならまた来てください。」

医者の言葉を信じて、家に戻った遥だったが、心の中には漠然とした不安が残った。そしてその不安は、あざが日ごとに増え、濃くなっていくことで一層強まっていった。

ある晩、遥は夢を見た。薄暗い部屋の中で、知らない男が彼女の体に触れ、強く握りしめるような感覚があった。痛みを感じた瞬間、目が覚めた。心臓が激しく鼓動している。部屋は真っ暗で、風の音だけが聞こえる。だが、夢の中で感じた男の手の感触が、妙にリアルだった。

「あれは夢じゃなかったのかもしれない…」

そう思った瞬間、遥は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。次の日、彼女の首元には新しいあざができていた。まるで誰かに首を絞められたかのように。

遥は誰かに相談するべきだと思ったが、友人や家族に話すことを躊躇した。周りに心配をかけたくないという気持ちと、自分でもこの奇妙な現象が何なのかわからないという恐怖が入り混じっていたからだ。だが、夜が来るたびに夢は繰り返され、目覚めるたびに新たなあざができていることに、彼女は限界を感じ始めていた。

その日もまた、遥は恐ろしい夢を見た。今度は何人もの人影が彼女の周りに集まり、無言で彼女の体を掴み、強く押し付けてくる。彼女は必死に抵抗するが、声も出せず、体は動かない。目が覚めたとき、彼女の体は汗でびっしょりと濡れていた。

そして、その晩以降、あざはより一層増え、形もより鮮明に現れるようになった。まるで誰かに何度も強く殴られたかのように。だが、一つ奇妙なことがあった。遥は、あざが出来た場所にかすかに痣の形をした文字が浮かび上がっていることに気づいた。

「死」

その文字は薄く、しかし確かにあざの中に隠されていた。それを見た瞬間、遥の体は凍りついた。このあざはただのものではない――何か、邪悪な力が自分に迫っているのではないかと。

彼女は自分が何かに取り憑かれていると感じ、インターネットで除霊や霊能者に関する情報を調べ始めた。そして、ある霊媒師のブログに辿り着いた。そこには、「あざが増える怪異」の話が記されており、そのまま放置すると死に至るという内容だった。

遥は藁にもすがる思いで、その霊媒師のもとを訪れた。霊媒師は彼女を見るなり、険しい顔をした。

「あなたは、古い怨霊に取り憑かれていますね。特に、亡くなった人間の中でも強い恨みを持つ者が…」

遥は震えながら、今までのことを全て打ち明けた。夢で感じる男の存在、そしてあざに浮かび上がる「死」の文字。霊媒師は頷きながら、遥の体に手をかざし、何かを感じ取っているようだった。

「この怨霊は、あなたに近づいてきた理由があります。それは、過去にあなたの家族が関わった因縁が原因かもしれません。もはやこの霊を追い払うには、儀式を行うしかありません。しかし、成功するかどうかはわかりません。」

遥はためらったが、もう選択肢はなかった。霊媒師の助言に従い、儀式が始まった。真夜中の神社で行われたその儀式は、恐怖と不安に包まれたものだった。霊媒師は厳粛な声で呪文を唱え、香の煙が漂う中、遥の体から次第にあざが薄れていくのがわかった。

儀式が終わると、霊媒師は疲れた顔で言った。

「これでしばらくは大丈夫でしょう。しかし、完全に霊を消し去ることはできません。あざが再び現れるかもしれない。その時は、再びここに来なさい。」

それから数日後、あざは完全に消えた。遥は安堵しながらも、再びあの「死」の文字が浮かび上がることがないよう祈った。それでも、夜が来るたびに、夢での恐ろしい体験が頭をよぎる。いつか再び、あの怨霊が彼女のもとに戻ってくるのではないか――その恐怖は、遥の心から完全に消えることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

季節の織り糸

春秋花壇
現代文学
季節の織り糸 季節の織り糸 さわさわ、風が草原を撫で ぽつぽつ、雨が地を染める ひらひら、木の葉が舞い落ちて ざわざわ、森が秋を囁く ぱちぱち、焚火が燃える音 とくとく、湯が温かさを誘う さらさら、川が冬の息吹を運び きらきら、星が夜空に瞬く ふわふわ、春の息吹が包み込み ぴちぴち、草の芽が顔を出す ぽかぽか、陽が心を溶かし ゆらゆら、花が夢を揺らす はらはら、夏の夜の蝉の声 ちりちり、砂浜が光を浴び さらさら、波が優しく寄せて とんとん、足音が新たな一歩を刻む 季節の織り糸は、ささやかに、 そして確かに、わたしを包み込む

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【新作】読切超短編集 1分で読める!!!

Grisly
現代文学
⭐︎登録お願いします。 1分で読める!読切超短編小説 新作短編小説は全てこちらに投稿。 ⭐︎登録忘れずに!コメントお待ちしております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

陽だまりの家

春秋花壇
現代文学
幸せな母子家庭、女ばかりの日常

感情

春秋花壇
現代文学
感情

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...