老人

春秋花壇

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姿勢を正す

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「姿勢を正す」

毎朝、70歳の隆二は決まって6時に目を覚ます。古びたアパートの一室に暮らす彼の生活は、いたってシンプルだ。隣に誰かがいるわけでもなく、ただ静かに時が流れる。隆二は小さな窓から差し込む朝の光を受けながら、ゆっくりと布団から体を起こした。

「また腰が曲がってるな…」

彼は背筋を伸ばすつもりで立ち上がるが、気が付けば腰が前に曲がっているのが常だった。かつては直立不動の姿勢が自慢だったが、いつの間にかそれも過去の話になっていた。長年の姿勢の崩れが体に染み付いてしまったのだろう。そんな自分にため息をつきながら、彼は一日の始まりを迎える。

独り暮らしの隆二の朝は、まず簡単な体操から始まる。テレビの健康番組を見ながら、両手を上げ、ゆっくりと前屈をする。だが、鏡に映る自分の姿を見るたびに、背筋がまるで弓なりになっていることがわかる。何度も背を伸ばそうとするが、そのたびに体は痛みを訴えてくる。

「こんなんじゃいけないな…」隆二はつぶやくが、次の瞬間にはまた腰を曲げてしまう自分がいた。

毎日のように商店街の外れにある小さな公園に行くのが彼の日課だった。そこには、数人の老人たちが集まり、体操をしたり、ベンチで話をしたりしていた。だが、隆二は彼らと交流することはなく、ただ公園の端に立って、少しだけ背を伸ばすように努力するだけだった。

ある日、公園で一人の女性が彼に声をかけてきた。70代前半と思われるその女性は、明るい笑顔を浮かべている。

「おじいさん、毎日ここで体操しているのを見かけるけど、何か悩んでいるの?」

隆二は少し驚いた様子で振り返った。「ああ、まあ…この歳になると、姿勢が良くならなくてな。」

「姿勢ねぇ。それはなかなか難しいわよね。でも、できる範囲でやればいいんじゃない?」彼女は微笑みながら、自分も背筋を伸ばして見せた。「ほら、私もこんな感じで。」

彼女の姿勢はしっかりしていて、背中がまっすぐに伸びている。隆二は少し羨ましく思った。

「どうしてそんなに姿勢が良いんだい?」隆二が尋ねると、彼女は肩をすくめた。

「私は若い頃から姿勢を気にしていてね。まあ、毎日少しずつでも気を付けていれば、なんとかなるものよ。」

それを聞いて、隆二は少しやる気が湧いた。彼は次の日から、自分なりに姿勢を意識することにした。歩くときはゆっくりと背筋を伸ばし、部屋の中でも意識して体を動かすようにした。しかし、それでもすぐには成果は出なかった。背筋を伸ばそうとするたびに、腰の痛みが彼を襲った。

ある朝、隆二はこれまでにない痛みで目を覚ました。腰の痛みが強く、起き上がるのも辛い。彼はそのまま布団に横たわり、何もできない時間が続いた。時計の針が進む音だけが聞こえ、独りぼっちの部屋がやけに広く感じた。彼は窓から見える空を見上げながら、ふと自分の人生を振り返っていた。

「ああ、もう年なのかな…」

隆二は深いため息をつきながら、もう一度背筋を伸ばそうとする。しかし、痛みは相変わらずで、何もできない自分に苛立ちを感じた。だが、その時、ふとあの女性の言葉が頭に浮かんだ。

「できる範囲でやればいいんじゃない?」

その言葉を思い出した隆二は、もう一度だけ挑戦してみようと決意した。痛みがあっても、少しずつ少しずつ、できる範囲で姿勢を正そうとした。それは小さな一歩に過ぎなかったが、彼にとっては大きな挑戦だった。

日が経つにつれて、隆二は少しずつ背筋が伸びるのを感じた。完全に真っ直ぐにはならないが、それでも彼は諦めなかった。毎朝、少しずつ背筋を伸ばすことを続け、彼の日常に少しの変化が訪れた。

公園で再びあの女性と会うと、彼女は隆二の姿勢を見て微笑んだ。「少し良くなったじゃない。ほら、ちゃんと背筋が伸びてるわ。」

「ありがとう、君のおかげだ。」隆二は照れくさそうに笑った。「まだまだだが、できる範囲で頑張ってるよ。」

「それで十分よ。」彼女は優しく頷いた。「私たちの歳で完璧を求める必要はないの。少しずつでも、自分のために努力することが大切なのよ。」

その言葉に励まされた隆二は、今日も公園で背筋を伸ばしながら、静かな時間を楽しんでいた。周りの景色が少しずつ変わるように、彼自身も少しずつ変わっていく。独りぼっちの生活でも、姿勢を正すことで心が少しずつ晴れやかになる。それが隆二にとっての小さな希望であり、生きる力だった。











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