老人

ビールと私、そして消えゆく街

ビールと私、そして消えゆく街

あの日、私は街に別れを告げた。いや、正確には、街が私を追い出したのだ。幼い頃から慣れ親しんだこの街は、今、巨大な工事現場と化していた。至る所で高層ビルが建設され、騒音と振動が私の心を打ち砕く。それに加えて、近年悪化した聴力過敏症。工事の音は、私にとって拷問にも等しい。

奇跡的にアルコール依存症を克服したはずの私だったが、この状況に耐えられず、再びビールに手を伸ばしてしまった。最初は一日の終わりに一杯だけ、それが二杯、三杯と増え、気がつけば毎日欠かせないものになっていた。

「ダメだ、ダメだ。」

鏡に映る自分の顔は、やつれて青白く、目は充血していた。かつてアルコール依存症でボロボロになった自分と同じ姿だ。そんな自分が情けなくて、自己嫌悪に苛まれる。

「どうして、またこんなことに…」

私は、部屋の窓から外を見つめた。かつて賑やかだった商店街は、今はシャッターが降りていて寂しい。幼い頃に遊んだ公園も、高層マンションの影に隠れてしまっていた。

「もう、何もかも変わってしまった…」

私は、ベッドに倒れ込み、布団に顔をうずめた。孤独感と絶望感に打ちひしがれ、涙が止まらない。

そんなある日、私はふと、かつての自分と今の自分を重ねてみた。アルコール依存症になったときも、私は孤独を感じていた。社会から孤立し、誰にも頼ることができずにいた。

「もしかして、私は孤独になると、アルコールに頼ってしまうのかもしれない。」

そのとき、私はあることに気づいた。それは、私がただ一人ではないということだ。同じように、この街の再開発に苦しんでいる人たちがたくさんいるはずだ。

私は、勇気を振り絞って、地域のコミュニティセンターを訪れた。そこには、私と同じようにこの街の変化に戸惑っている人たちが集まっていた。

「私も、この街から追い出されるような気がして…」

「あの懐かしい商店街がなくなるなんて、考えられないよ…」

参加者たちの言葉は、私の心に響いた。私は、彼らと話す中で、自分が抱えている孤独感や不安を打ち明け、共感を得ることができた。

「私たち、みんなで力を合わせれば、何かできるかもしれない。」

誰かがそう言った。その言葉に、私は希望を感じた。

私たちは、地域住民の会を結成し、街の再開発計画について意見を述べたり、新しいコミュニティスペースを作るための活動を始めたりした。

最初は、私たちの意見は相手にされなかった。しかし、私たちは諦めずに活動を続け、少しずつだが成果を上げ始めた。

街は変わり続ける。それは避けられないことかもしれない。しかし、私たちが住むこの街を、少しでも良い場所に変えていくことはできる。

私は、再びビールを手にすることもなく、毎日を懸命に生きている。もちろん、つらいことはたくさんある。でも、私はもう一人ではない。仲間と一緒に、この街で生きていく。

あの日、私は死亡フラグが立ったと思っていた。しかし、それは新しい人生の始まりだったのかもしれない。

（完）