老人

春秋花壇

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古いレシート

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古いレシート

夏の暑さがピークに達したある日、田中三郎は事務所を片付けていた。積もり積もった書類や古い雑誌の山の中から、ふと目に留まるものがあった。それは、誰かが置きっぱなしにしていた古いレシートだった。田中はそのレシートを手に取り、目を細めて読み取ろうとした。

レシートには「タバコとコーヒー 400円」と書かれていた。たった14年前のことなのに、まるで昔話のように感じた。時の流れを感じながら、田中はそのレシートを見つめ続けた。

田中は70歳の独居老人だ。妻は数年前に亡くなり、子供たちはそれぞれの家庭を持ち、田中から遠く離れて暮らしている。彼は孤独を感じることが多かったが、毎日の日課をこなすことで何とか日々を過ごしていた。

その日の午後、田中は近所のコンビニに行くことにした。暑さの中、よろよろと歩きながら、彼は昔の思い出に浸っていた。14年前、田中は仕事を終えた後によくコンビニでタバコとコーヒーを買っていた。妻と一緒に過ごす夜のひとときが懐かしかった。

コンビニに着くと、田中は冷たいコーヒーを手に取り、タバコの棚を眺めた。しかし、彼はもうタバコを吸うことはない。医者に止められて久しい。それでも、タバコの香りが漂うと、かつての習慣が思い出される。

田中はレジに並び、財布からお金を取り出した。レジの店員は若く、田中に親切に接してくれた。「400円です」と言われ、田中は懐かしさに微笑んだ。「昔はタバコもコーヒーも安かったな」と彼は心の中で呟いた。

帰り道、田中は再び思い出に浸っていた。14年前のあの時、彼はまだ元気で、妻と一緒に過ごす時間を大切にしていた。今では、彼の周りには誰もいない。しかし、古いレシートが彼に過去の幸せな日々を思い出させてくれた。

家に戻ると、田中は冷たいコーヒーを飲みながら、静かに過ごした。テレビの音が部屋に響く中、彼はもう一度、あのレシートを見つめた。「400円でお釣りがきた時代もあったんだな」と思いながら、彼はそのレシートを大切に引き出しの中にしまった。

田中は今後も一人で生きていくつもりだ。孤独を感じることは多いが、過去の思い出が彼を支えてくれる。古いレシートが示すように、時代は変わっても、思い出は色あせることなく、彼の心の中で輝き続ける。
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