老人

キスの天ぷら

キスの天ぷら

サクサク衣に包まれた、
キスの一片。
一口食べれば、
磯の香りが広がる。

ふわふわの身は、
まるで雲のよう。
噛むほどに、
甘みが溢れ出す。

レモンを絞れば、
爽やかな酸味が加わって、
さらに美味しくなる。

キス天ぷら、
夏の味覚。
海と太陽の恵み、
一口で味わえる。


天ぷらの思い出
冬の冷たい風が吹き抜ける夕方、久保田康雄は一人、古びた家の中で過ごしていました。彼は70歳を過ぎた独居老人で、静かな生活を送っていました。妻は数年前に他界し、子供たちは遠く離れて暮らしていました。康雄は日々の生活の中で、妻との思い出をよく振り返ることがありました。

その日の夕方、康雄は妻の好物だったキスの天ぷらを作ることにしました。天ぷらは彼女との思い出が詰まった料理であり、特にキスの天ぷらは二人がよく作ったものでした。康雄は魚屋で新鮮なキスを買い、帰宅してから丁寧に下ごしらえを始めました。

キッチンで魚を捌きながら、康雄は妻との会話を思い出しました。

「あなた、キスの天ぷらが一番好きだったわね。」妻はいつも笑顔で言いました。「私たちの記念日には必ず作ってくれた。」

康雄は妻の言葉を思い出しながら、丁寧に魚を捌き、衣をつけて揚げ始めました。油の音が弾けると、部屋中に香ばしい香りが広がりました。その香りは、康雄の心に温かい記憶を蘇らせました。

天ぷらが揚がり始めると、康雄はふと窓の外を見ました。雪が静かに降り積もり、外の世界は真っ白でした。そんな寒い日には、温かい料理が心を癒してくれると感じました。

「おいしいかしら、康雄さん。」妻の声が心の中に響きました。

康雄は揚げたての天ぷらを一つ取り、口に運びました。カリッとした食感とキスの甘みが口の中に広がり、思わず微笑みがこぼれました。

「美味しいよ、君が作ってくれた時と同じだ。」

その時、玄関のベルが鳴りました。康雄は驚きながらドアを開けると、隣に住む若い女性、佐藤美咲が立っていました。彼女はいつも康雄のことを気にかけてくれており、時折訪れては話し相手になってくれました。

「こんばんは、久保田さん。今日は寒いですね。」美咲は微笑んで言いました。「少しお話ししませんか？」

康雄は嬉しそうに美咲を迎え入れました。美咲は天ぷらの香りに気づき、驚いたように言いました。

「わあ、キスの天ぷらですね。すごく美味しそう！」

「よかったら一緒に食べませんか？」康雄はそう言って、美咲に一緒に食事を誘いました。

二人はキッチンのテーブルに座り、揚げたてのキスの天ぷらを楽しみました。美咲は天ぷらを口に入れ、満足そうに微笑みました。

「とても美味しいです、久保田さん。こんなに美味しい天ぷらは初めてです。」

康雄は照れくさそうに笑いながら、妻との思い出を美咲に話しました。美咲は静かに耳を傾け、時折笑顔を浮かべながら話を聞いていました。

「奥さんとの思い出、大切ですね。」美咲は優しく言いました。「でも、今こうして一緒に食事をすることも、また新しい思い出になると思います。」

康雄はその言葉に胸が温かくなりました。確かに、美咲との時間も大切な思い出になりつつありました。

食事が終わると、美咲は「また来ますね」と言って帰って行きました。康雄は窓の外を見ながら、静かに微笑みました。雪はまだ降り続けていましたが、彼の心は温かいもので満たされていました。

「ありがとう、美咲さん。そして、ありがとう、君。」康雄は心の中でつぶやきました。

妻との思い出と、美咲との新しい交流が、彼の孤独な生活を少しずつ明るくしてくれることを感じながら、康雄はその夜、穏やかな眠りにつきました。

7月が旬のキス。

季節を楽しみながら時を織りなしていけたら素敵ですよね。