いとなみ

白い恋人たち

「白い恋人たち」

冬の初め、王都の街は静かに雪に包まれ、夜が深まるにつれて、薄明かりの街灯が一層白く輝きを増していた。雪の結晶がひらひらと舞い降りる中、アリスはひとり、古びた赤レンガの駅舎の前に立っていた。冷たい風が顔を撫で、身体を震わせるが、アリスはその冷たさを感じていなかった。彼女の心の中は、それ以上に冷え切っていた。

あの日から、彼はもう帰ってこない。そう、あの冬の日、彼が出発した駅で。何度も振り返りながら見送った彼の背中を、彼女は未だに追い続けていた。しかし、あれが最後だったのだと、アリスはようやく認めざるを得なかった。

「アリス。」

突然、後ろから呼ばれた声に振り向くと、そこには彼女の幼なじみであり、昔から彼女を見守っていたエリオットが立っていた。彼の表情はいつも通り穏やかで、アリスに向ける視線には一切の疑問も怒りも混じっていなかった。それが逆にアリスを苦しめた。

「エリオット…」

アリスの声が震えた。言葉を続けることができず、ただ彼の顔を見つめることしかできなかった。エリオットは少しの間、無言でアリスを見守っていたが、やがて静かに口を開いた。

「君がここにいる理由は分かってる。」

彼の言葉に、アリスは目を伏せた。分かっているなら、どうして彼はまだ何も言わないのだろうか。どうして彼は、アリスが感じる痛みを理解し、共にその痛みを抱えてくれないのだろうか。

「彼のことを、忘れられないんだね。」

エリオットの言葉は、アリスの心を切り裂いた。忘れられない、という言葉。その言葉があまりにも重く、アリスの胸に圧し掛かってきた。

「忘れたくないんだ。彼は、私の全てだった。」

アリスは言葉を絞り出すようにして、そう告げた。彼女の目からは、無意識のうちに涙がこぼれ落ちた。白い雪の中で、彼女の涙はまるでその雪の一部のように見えた。

エリオットは深く息をつくと、静かに歩み寄り、アリスの肩に手を置いた。

「君は、彼と共に過ごした時間が何よりも大切だろうけど、その時間が終わったのもまた、事実だ。」

「終わりたくなかった…」

「分かってる。でも、君は生きている。君には、これからの人生があるんだ。」

アリスは顔を上げ、エリオットを見つめた。彼の顔には、悲しみも優しさも、すべてが詰まっているようだった。しかし、彼女はその優しさに甘えることができなかった。

「エリオット、私は…」

言葉が続かなかった。彼女の心には、彼への愛情と、今でも彼を忘れられないという想いが絡み合っている。エリオットがどれほど優しくしてくれても、彼女の心は空っぽのままだった。

「アリス、君はもう一度、幸せになれるよ。」

エリオットの声が、アリスの心に響く。そう、彼はずっとアリスを支えてきた。しかし、アリスはその愛を受け入れられずにいた。心の中で、彼の声と、彼の優しさを拒絶していた自分がいた。

「私はもう、幸せになる資格なんてないと思う。」

アリスは静かに呟いた。過去の彼との思い出が、今も胸の中で温かく残っている。しかし、それと同時に、その思い出が痛みを伴って心に深く刻まれているのも確かだった。

エリオットは黙ってアリスの側に座り込んだ。二人の間に言葉はなく、ただ雪が降り積もる音だけが響いた。あの日から、アリスはその駅舎に足を運ぶことが多くなった。二度と帰ってこない彼を待ち続けるように。

しかし、雪が降りしきる中、アリスはふと気づいた。彼女の心の中で、まだ消えない希望が残っていることに。どれほど時間が経ち、どれほど心が傷ついても、彼女には未来があるのだ。たとえ今はまだ、その未来が見えないとしても。

「エリオット…ありがとう。」

アリスは静かに、そして少しだけ微笑みながら言った。彼女の心の中には、彼の言葉が少しずつ溶けていくのを感じた。

雪が降り続ける夜、彼女の胸の中で、白い恋人たちの思い出が静かに溶けていく。過去の悲しみを乗り越えて、彼女は少しずつ前に進んでいくことを誓った。