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春秋花壇

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約束の海辺

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約束の海辺

夕日が岬を染め、海が静かにその色を映している。レオンとさぁちゃんは肩を並べて座り、何も言わずにその美しい景色を見つめていた。海の音だけが響き、二人の間には言葉が必要ないような気がしていた。時間がゆっくりと流れているかのように、ただ心地よい静寂が広がっている。

「さぁちゃん、また海を見に行こうね。」レオンがふっと口を開くと、その言葉には無意識に力が込められていた。過去の思い出、二人の共に過ごした時間が彼の胸の中で膨らみ、その想いが言葉になって口から溢れたのだ。

さぁちゃんは、少しだけ驚いたようにレオンを見たが、その目はすぐに柔らかい笑顔に変わった。「うん、またね。」その言葉には、どこか切なさが隠れているように感じられた。レオンは気づかなかったが、その瞬間、さぁちゃんは深いため息を漏らしていた。

「またね…」 さぁちゃんの心は、複雑な感情で押し潰されそうだった。レオンの隣にいると、温かい気持ちと同時に、胸の奥が締め付けられるような切なさが込み上げてくる。卒業後の自分の未来、そして、もしこのままレオンと一緒にいられなくなったら…そんな考えが頭をよぎり、彼女の心を暗い影で覆った。

レオンの言葉に応えるとき、さぁちゃんはその言葉を飲み込んでいた。あの日、二人が交わした約束のように、この言葉もまた、未来の中で一層重みを増していくことを感じていた。しかし、今はその先の未来に向けて踏み出さなければならなかった。

「でもね、レオン、私は…」さぁちゃんがその言葉を口にしようとしたとき、レオンは彼女の顔を見ようともせず、目を輝かせながら遠くの海を指差した。「いつか、あの向こうまで、二人で行こう!」彼の無邪気な言葉は、さぁちゃんの胸に突き刺さる棘のように、痛く響いた。

その言葉が、さぁちゃんの口を止めさせた。彼女は一瞬、何かを言おうとしたが、言葉が喉元で詰まった。レオンの目には、彼女の心の内が見えない。それが、さぁちゃんをさらに苦しめていた。自分の本当の気持ちを、どうしても伝えられないもどかしさがあった。

「うん…絶対に。」彼女は、精一杯の笑顔を作ろうとしたが、それはすぐに崩れ、悲しげな表情に戻ってしまった。彼女は俯き、自分の指先をじっと見つめている。その指先は、微かに、しかし確かに震えていた。レオンは、その震えに気づかなかった。

レオンは、さぁちゃんの言葉が続かないことを不思議に思ったが、すぐにその思いを押し込め、再び遠くの海に目を向けた。彼の心の中には、さぁちゃんと約束を守ることが当たり前のように思えた。しかし、その約束が二人にとってどれほど大きな意味を持つのか、その時のレオンは全く理解していなかった。

レオンは、さぁちゃんの背中を見送りながら、夕焼けに染まる海を見つめていた。さぁちゃんの「またね」という言葉が、風に乗って遠くへ運ばれていくように聞こえた。彼は、その言葉の意味を深く考えることなく、ただ、その響きが心に残るのを感じていた。しかし、その「またね」が、二度と訪れない別れの言葉だったことを、その時のレオンは知る由もなかった。夕焼けに染まる海は、あまりにも美しく、そして残酷だった。
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